All right 21
そう、思うのに。
動こうとした途端、全身が鉛になったように重く感じた。頭は行けというが、心はそれを拒んで動きを縛っているのだ。そのどちらもが、確かに悟の想い。優劣はそう簡単には付けられない。己を信じてどちらかを切り捨てられるほど、強くも聡くもないのだ。
……それでも……!
理性と感情がバラバラになったまま、しかし、動くのを拒否する身体を無理矢理に壁から引き剥がすようにして立った。
まだ感情を納得させられたわけではないが、今は理性に従おうと思う。自分のためではなく、ひとりの少女のために。
「どうしよう……」
つぶやきが明希の口から漏れる。その声には不安と焦りがにじんでいた。
駆け出した悟を追い掛けたはいいが、ひとつ角を曲がったところで運悪く廊下の向こうから来た、大量の資材を運んでいた一団にかち合ってしまった。彼らに視界と道をふさがれる形になり、そのせいで悟の姿を見失ってしまったのだ。
この天陽学園は広い。ただでさえ探すのにかなり労力を要するのに、悟が一所にじっとしているとは限らないとなると追跡に使える異能を持たない明希ひとりで見つけるのは、ほぼ不可能だ。
狙われている自分が一人でいることが、どれだけ皆に心配を与えるかは解っている。すぐに引き返して、茜とさくら、それと流馬に頼んで四人で捜せば少しは効率が良くなることも解っている。
しかし駄目なのだ。今の悟は皆で行っても拒絶するだろう。付き合いが長い明希にはそれが解った。
昔の悟はどちらかと言えば気弱な性格だった。それでも明希が知るかぎり、何かから完全に逃げ出したりしたことはない。いずれ、と前置きしてでも必ず向き合えるだけの芯の強さがあることを、ずっと近くにいた明希はよく知っていた。
それゆえに融通が利かない一面もあり、追い詰められるしかない今の状況に責任を感じ、内心では茜が言ったようなことを思いつめていたのだろう。
自分は無力だと、自分が不甲斐ないからだと。
……馬鹿だよ。
それも優しさのひとつではあるが、それでも明希はそう思う。
明希も同じように、自分のせいで皆が危険になると思い悩み、大人に助けを求めようとした。そのとき悟はそれを止めた。己だけを責め、犠牲にするなと。
今の悟はそのときの明希と同じだ。ひとりで悩み、しかし答えが見つからず先へ進めないでいる。
誰かに頼れば答えにたどり着くとは限らないが、それでも、意味がないとも限らない。ただ解るのは、ひとりの限界だ。
今の悟はきっとそれを忘れている。
何もできずに焦燥がつのっているのは悟だけではない。茜だって同じ思いだからこそのあの言葉だろうし、さくらも口にこそ出さないが明るくない表情を見せるときがある。
悟はそれを見ず、己は無力で、明希が危険にさらされているのに何もできないと、ただ自分を責めている。
……そんなことはないのに。
明希は思う。皆がいてくれるだけで、それはとても幸いなことだ。