〜再会〜 10
「は?恋歌!?」
母親が、大げさに飛び上がって驚く。
彼女が驚いているのは、恋歌の、蒼い顔のことでも、一目で泣きはらしたと分かるその瞼のことでもない。
恋歌がこんなに早い時間に起きてきたことに他ならないのだ。
「あんたが目覚しの初回のベルで起きるなんて初めてでしょ!今日は何かいいことあるの?」
その逆だ…いいことなんてひとつもないと、心で呟き、鼻歌まじりで弁当を詰める母の正面にドッと腰を下ろし、深いため息を一つ付いてみせる。
「わかった!ささら君と薊君のことでしょう!」
身体がピクリと反応してしまう。
その恋歌のリアクションは、母親をヒートアップさせてしまう。
「よかったわねぇ、薊君、同じ学校なんですって?お母さん、薊君が、あんないい男になってるなんて思わなかったわ。あのワンパク坊主が、すっかり男らしくなって」
「おかあさん!!弁当、早く!」
興奮して話す母の手の上で振り回されている唐揚げを指差し、言葉を遮った恋歌。
玄関を出た恋歌は、眩しそうに目を細め、意識的に一度も隣の家に目を向けず、足早に歩き出した。
その足は、学校とは逆の方向…河川敷へと向かっていた。
何か考え事をする時、必ずいく場所…。
恋歌はまず、自分に考える時間が欲しいことを良く分かっていた。
ささらが嫌いなわけじゃない…でも、ささらを考えるに連れ、必ず現れる薊の顔。理由なんて…思いつかなかった。
「あたし…どうすればいいんだろうねぇ。」
誰ともなしにポツリと呟いて見せた。
静かに流れる風の音だけが…今の恋歌には最大の癒しだった。
認めたくないけど、認めると簡単な薊への気持ち。
恋歌まだ、気付きたくないのだろう…。
「あー。学校サボっちゃった…。」
独り言にしては嫌にでかい…が、独り言だ。
「だったら、来いよ。」
聞き覚えのある声が、恋歌に話し掛ける。
「!」
恋歌は瞳を見開いて声の主を見た。
「何で此処にいるの?」
セピア色の髪を風邪に漂わせながら、何も答えず見下ろす人影は、紛れもなく、恋歌の悩みの原因物質、薊だった。
「何?薊、もしかして、私の事を追いかけてきたとか?」
「そうだよ、悪いか?」
『ばぁか!んなわけないだろ!」っと、絶対否定すると確信していた恋歌は、意外な答えに言葉を失い、キョトンと薊を見上げたまま固まってしまった。
そして…見上げた薊の瞳に、何時もの悪ガキ特有の屈託のない光はなく…それは、どことなく寂しげな表情に見え、恋歌は、目が離せなくなる。
ふたりは、暫く見詰め合ったまま、動けずにいた。
風が冷たくなってきた事に気付いたのか、薊はふっ…と恋歌から目をそらした。
バサッ…
恋歌の目の前が急に暗くなった。
「着とけ。」
被せられたのは、薊がさっきまで着ていた…彼に一番似合う色したジャンパー。
独特の香水の匂いが、余計に恋歌を惑わせた。
「…ったい何さ。」
決して本人には届かない声。
恋歌はさっきの瞳の意図を…問い掛けられずにいた。