媚薬の罠 996
「檜垣様、私に初めてのことを教えていただけませんか?」
これが鷺原聖華の檜垣隆史への愛の告白だった。
隆史は自分が生まれつき特殊な体質で、何も準備せずにセックスしたら、大変なことになることや、たとえ準備を整えたとしても、他の男性とのセックスでは満足できなることを、誠心誠意、しっかりと聖華に伝えた。
檜垣家の支援を受けるために、当主と肉体関係を持った代償は、あとからは取り返しがつかないことを、聖華の父親の投資家の鷺原征一郎は知らないだろうとも聖華に説明した。
「それならかまいませんわ。鷺原家の財力につられて私に近づいてくる女性たちは、満足できずに黒崎さんのセラピーに夢中になりました。檜垣様が、もしも私を満足させられないと言われるなら、きっと私も、あの人たちと同じ不満に悩まされてしまうでしょう?」
隆史はかつて徐麗花と、豪華客船の特別な客室でふたりきりで話した時のことを思い出した。
私を貴方が1時間以内に満足させられなければ、鮫の餌になっていただきます。
徐麗花にも自分の体質や他の男性とのセックスでは満足できなくなることを説明して、逆に麗花に脅されたのだった。
麗花には香水型の媚薬を使って欲情させていた。聖華には媚薬を使っていない。しかし、欲情した女性の気迫のようなものを隆史は聖華にも感じた。
隆史はその日は準備が必要なのと、もう1度、事情をふまえた上で、よく考えてみて欲しいと言ったあと、聖華の頬にキスをしてなだめると、樹海の別荘に帰った。
氷川奏と中島麗香は、隆史が考えて込んで自室にこもったので、とても心配になり、部屋から無理やり出させて事情を聞き出した。
「私にはそんな説明しなかった」
美少女の中島玲香は、少し険しい表情で隆史に言った。玲香は父親を助けるために、非合法の援助交際組織を作ったのでいろいろな方面、ヤクザや警察もふくめて狙われて始末されかけていた。隆史は中島玲香を元ヤクザの人脈を使い、樹海の別荘に拉致して愛人にして保護した。そうしなければ、玲香は美しい死骸になり、樹海か海に捨てられていただろう。その事情については、氷川奏が玲香に後日ベッドの上で、しっかりと説明した。
「隆史様は、鷺原家のお嬢様を気に入ったのですか?」
氷川奏は微笑を崩すことなく、隆史に落ちついた口調で、内心ではどんな感情があるのか読めない表情で言った。
「俺のことを惚れてくれてるのはありがたいが、他の男性とつきあってみてからでもいいんじゃないかって思うんだよな」
「それって、おかしくない?」
中島玲香が隆史に言った。他の男性と比べて檜垣隆史がやっぱりいいと鷺原聖華が思ったら、愛人にしてもいいと思っているなら、気に入ってるってことだし、遅かれ早かれ、手を出す気だよねと玲香は言った。
「私はこの館に連れてくると隆史様が言わなければ、鷺原家のお嬢様の恋心が冷めないうちに妾になさるほうが良いと思います」
「奏、どういうことだ?」
「もう、隆史さん、女の子が好きって告白してきて一番気持ちが強いときに、好きな人とセックスしたら、すごくうれしいからに決まってるでしょう。奏さん、隆史さんで恋愛する女の子の気持ちをよくわかってないのかな?」
「そうですね。隆史様は自分から誰かに惚れたことがあまりない人ですから、仕方ないのかもしれないですよ」
隆史はソファーの背もたれに深く背中をあずけて、ため息をついて言った。
「あのさ、俺としたことは、恋のなつかしい思い出ですってことじゃ、お嬢様には済まないんだぞ」
それを聞いて、氷川奏がクスクスと笑い始めた。
「なんだ、奏、俺、なんかおかしいこと言ったかな?」
「優しいですね、あいかわらず」
「ねぇ、好きな人に受け入れてもらえたら、すごくうれしいと思うよ、隆史さん。それに、隆史さんに断られて、誰か別の男の人でもいいやって妥協したら、その聖華さん、きっとあとで後悔しちゃうよ。そのほうがかわいそうだよ!」
「私たちと比べたら、見劣りするのは当たり前ですけどね」
「そっか、贅沢になれちゃうと、隆史さんでも、もう恋にお腹いっぱいってことかもしれないもんね」
「ええ、女性から一生懸命、告白されて悩めるのは贅沢ですからね」