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媚薬の罠
官能リレー小説 - レイプ

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媚薬の罠 903

「私はアリス……私はぬいぐるみ」
「ふふっ、かわいい。抱きしめて」

水越ユイが両手を広げて、胸に飛び込んできた藤井茉莉にぎゅっと抱きしめられて、はうぅっ、と快感のあえぎをあふれさせていた。
AV女優の水越ユイのキャッチコピーは「エロ・クレオパトラ」で、ファンからは「パトラ様」と呼ばれている。
どんなに激しいプレイでも、乱れ切らない玲瓏な月のような美女。そんな水越ユイが、こんなうっとりと蕩けきった表情を浮かべているのを、ベテラン男優が見れば自信を喪失するだろう。

「もし、君が僕の存在を認めてくれるなら、僕も君の存在を認めるとしよう」

「おとぎ話を読んでいる時、こんなことは起きるはずはない、と思っていた。しかし、今、私はその真っ只中にいる」

「彼は私の夢のひとかけらであると同時に、私も彼の夢のひとかけらだった」

イギリスの小説家、詩人、写真家。本名は、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。本職は数学者。作家として活動する際にルイス・キャロルのペンネームを使用した。

年齢差があってもプロポーズしてしまったほど大好きで、お気に入りの少女の名前である
ALICE LIDDEL
とスペルのパターンがそっくりな
LEWIS CARROL
にしたという研究者の指摘がある。

少女に仮装させて撮影するコスプレ写真や、光学的なトリックを使って少女の幽霊を撮った偽の心霊写真を多数製作している。
生涯に3000枚以上の写真を撮影してプリントしていたと考えられている。
現存しているのは1000枚ほどで、その半分以上が少女を撮影したものである。
モデルとなった彼女たちは、彼から「小さなお友だち」と呼ばれた。
ドジソンは写真家として、初期の芸術写真史にもその名を残している。
彼はアマチュアながらも写真湿板という撮影法において、卓越した腕前を持ち、イギリスの上流階級の家族を多数撮影している。
ドジソンは写真家として、初期の芸術写真史にもその名を残している。
彼はアマチュアながらも、写真湿板という撮影法において、卓越した腕前を持ちイギリスの上流階級の家族を多数撮影している。
感光材料(感光させて記録できる材料)による撮影が実現したのは19世紀に入ってからである。
1839年に、フランスのルイ・ダゲールが、銀メッキした銅板を感光材料として使うダゲレオタイプという技術を発表した。これにより、露出時間は30分程度に短縮された。
ダゲレオタイプは現在の写真とちがい、フィルムに相当する銀板そのものが写真になる。つまり、焼き増しができない。
この点を改良し、撮影でネガ(陰画、濃淡が反転した画像)を作り後でポジ(陽画、反転前の画像)を作るネガポジ法が1841年にイギリスのウイリアム・タルボットによって開発された。19世紀後半、感光材料の改良が始まる。この時代の感光材料は光を感じる物質をガラス板にぬったもので、サイズも大きく、取り扱いや持ち歩きが、かなり不便だった。
湿板写真は二度として同じ写真が撮れない。複製もできない。それが世界に一枚しかない写真が出来上がるということ。 
現在はその写真の画像を情報としてパソコンにスキャナーで取り込み、加工修正する技術にまで発展している。
ドジソンは、あえて重い機材で手間のかかる技術を用いて少女たちを撮影した。

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