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媚薬の罠
官能リレー小説 - レイプ

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媚薬の罠 789

定食屋の店主とパティシエの若妻は檜垣隆史を見て、恵比寿様か大黒様のような人だと感じた。

後日、パティシエの妻が自転車に乗っていて、かごに入れていた銀行に預ける定食屋の売り上げ金の入ったバックをスクーターでフルフェイスヘルメットをかぶった窃盗犯にひったくられそうになる。パティシエの若妻はバックをあわててつかみ抵抗して転倒。沿石ブロックに頭部を強打し、その時に脳内出血を起こしたので、味覚障害の後遺症が残るという凶事の運命から逃れることになった。
檜垣隆史に定食屋の夫婦が、がんばった自分たちへのごほうびプリンを提供するということが、運命の選択だった。
家族連れのお客様の子供に、プリンを提供することを夫婦で話し合い決めた午後の暇な時間に、売り上げ金を銀行に預けに行っていたら、凶事は起きていた。
隆史がおいしそうに、子供みたいにはしゃいでプリンを連れてきていた女性たちに食べさせていたので、きっと家族連れの子供も親などにプリンを食べさせようとしたりするだろうと思ったのだ。

山崎正人と史奈と双子の幼い姉妹が、この定食屋へやって来た。

「はい、パパも口開けて、あ〜ん」

双子の姉妹のあとに、正人が言われて、店に客が自分たちしかいないので、顔を真っ赤にして照れながら、史奈のさし出したスプーンの上のプリンをぱくっと口に入れた。

「ねっ、パパ、このプリン、すごくおいしいでしょ?」
「うん。鬼っ子様もこれなら驚いてくれそうだね」

定食屋のプリンを4人はわくわくしながら、鬼っ子様、この家族のかわいい護り神に持ち帰った。
正人と史奈と双子の姉妹が鬼っ子様が、プリンの最初のひとくちを食べる瞬間を待って、じっと見つめていた。
鬼っ子様が、ほわんとうっとりする表情になったので、家族4人が一斉に「やったね!」とはしゃいで言った。

戦国時代に、大黒天と恵比寿様をならべて祭る習俗が京都で始まり、やがて各地に広がった。
この時期に商工民の間で大黒天と恵比寿様が特別に御利益のある福の神だとする考えが普及した。
室町時代なかば頃までは恵比寿様を祭る集団と、大黒天を祭る集団が別にいた。しかし室町時代末頃から大黒天と恵比寿様は仲の良い神様だといわれるようになり、大黒、恵比寿の二柱の神様を祭る家も出てきた。そして戦国時代に大黒天信仰の急速な拡大が起こった。
戦国時代の世相を記した天文21年(1552年)の塵塚物語という文献に、次のような記述がある。
「大黒。恵比寿を対にして、木像を刻んだり、絵に描いたりして安置する家が多くみられる」
神仏習合の考えから、室町時代以前にインドではシヴァ神とかさねられた大黒天は、大国主命とされるようになった。さらに古事記などでは、事代主命は大国主命の子神の一つとされた。
大黒様と恵比寿様は、親子という説がある。
しかし、まず水蛭子(蛭子命)が恵比寿様とされ、そのあとで事代主命も恵比寿様となっていったと考えられる。日本書紀は大国主命を素喪鳴尊の子とするが、古事記は大国主命を素喪鳴尊の六世孫(曾孫の曾孫)とする。
つまり日本書紀によれば水蛭子の恵比寿様は大黒様の叔父(もしくは叔母)で古事記では水蛭子は大国主命の六代前の先祖の兄姉となる。しかし恵比寿様を信仰する者の多くはそのような細かいことは気にせず、水蛭子(蛭子命)の恵比寿様を大黒様の子とした。
つまり恵比寿信仰の広まりの中で、どちらも海から訪れた神様とされた蛭子命と事代主命を合わせていったのである。
大黒様と恵比寿様は親子という説は、福の神の信仰から生まれた。
檜垣家は日本の歴史のなかで莫大な財産を築いていった。そして現在もその資産は、日本経済をひっそりと支えている。
檜垣隆史が水野咲とのデートで呼ばれたように、定食屋に立ち寄ったのも偶然ではない。疱瘡神の隠(おぬ)の子供たちの祓いと、聖戦シャングリ・ラの世界から来た巫女の鬼っ子様の加護が、定食屋のパティシエの若妻が夫の身代わりで、料理人にとって致命的な味覚を奪われる絶望が与えられる因果から救うために、檜垣隆史を呼び寄せたともいえる。
売り上げ金を奪った窃盗犯は逮捕されたが、若妻の味覚は戻らない。夫婦で深く悲しみに暮れ、鬱病で体調を崩し、定食屋を閉店することで、悩んだり疲れている定食屋に立ち寄った人たちが、おいしい食事によって気力を取り戻す機会が奪われる。
とてもささやかなきっかけで、人は生きる気力をつかむことができる。
絶望からの逃避で快楽に溺れ、依存して破滅していく力を阻んできた定食屋が閉店する危機は、こうして回避された。

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