媚薬の罠 334
「こういう話をあからさまにできるのも、なんかいいもんだな」
「他の人とはなさらないんですか?」
「したことなかったな」
「ふふっ、隆史さんの初体験ですね。でも、私もそうなので、初めてを隆史さんにあげちゃいました」
隆史が恵美の頬をそっと撫でた。
恵美が目を閉じると、隆史が唇を重ねてきた。
濃厚なディープキスではなく、唇をそっとふれ合わせるような優しいキスだった。
「なんか、恵美にキスしたくなった」
「私も、キスされてもいいと思いました」
恵美は隆史と旅行に来て、本当に良かったと思った。
好きな人とキスするのは、すごく胸が高鳴る。
「隆史さん、手を出して」
「手相でもみるのか?」
隆史がさし出した手を、恵美はつかんで自分の左胸の上にあてさせた、
「わかりますか、私、すごくどきどきしてる」
「こうするともっとよくわかる」
隆史が恵美の左胸のふくらみに服の上から顔を近づけて、耳をあてた。
恵美はその隆史の様子に胸がきゅんとして、隆史の頭を抱きしめた。
「ふふっ、たまに隆史さん子供っぽいけど、かわいいことをしますね」
「んー、そうかな?」
(亡くなった夫とは、こんなふうにじゃれあうようなことはなかった。私も、まだこういうことができるのね)
恵美はそっと抱きしめていた腕をほどいた。
隆史が恵美の左胸のふくらみから耳を離して、立ち上がる。
「恵美、一緒に温泉に入ろうか?」
隆史が五日間留守にして山ごもりしたあと、恵美と温泉でセックスした。また温泉でセックスしないかと誘われてるのかもと恵美は思った。
恵美は目を閉じて、一度、深呼吸してから隆史に返事をした。
旧谷崎家には隆史と燕杏と恵美の三人で宿泊していたのと、隆史用に浴衣が補充されていた。
下着姿になって浴衣に着替えると、ふたりで温泉まで歩いて行く。温泉までは石畳の道が続く。石畳の道にそって並んだ石灯籠の中には、小型のライトが入っていて、ぽつぽつぼつとオレンジ色の明かりが並んでいる。
隆史が恵美の手を握ってくれた。
恵美は自分から手を握るのが、どうもタイミングなどを考えすぎて苦手だけれど、隆史と手をつないで歩くことは好きだ。
隆史は黙って夜の静けさの中を歩いている。
恵美は静けさも暗がりも街よりも深いと思う。
隆史は山の中に踏み込み山ごもりをしていたし、樹海の中にある館で暮らしているらしいので、湯治場の静けさや暗がりはそれほど深いと感じないかもしれないと、恵美は思った。
隆史に手をつないでもらって、恵美はちょっと安心している。
温泉の脱衣場は男湯と女湯で別れているが、中でつながっている。
浴衣と下着を脱いで露天風呂の温泉に向かうと、湯煙がもうもうと立ち込めている。
(私たちの他に誰か入浴してないかしら?)
先に洗い場に来た隆史が、髪を洗っていた。
「恵美、美容師さんみたいに洗って」
「ふふっ、お客様、かゆいところがあったら言って下さいね」
隆史の頭皮まで爪を立てずに指先でほぐすように洗ってみた。
「うん、恵美、いい美容師さんになれそう」
「はい、流しますから、目もお口も閉じて下さい。削っていきますから、痛いところがあったら手を上げて下さい」
「歯医者さんか?」
隆史の髪についたシャンプーを洗い流す。そして、リンスもしてみた。