「燕杏には、同じ女性の顔と体つきを持った男の娘がいいのかと思ったが、男の娘だと燕杏ほどきれいな男の娘は見つからない。指先から声帯まで女性として育っている男性はなかなかいない。できるだけ似ていると思える相手がいい。きれいな女の子だと、燕杏は犯すことになるから、最後でずれが起きて冷めちゃうと思う」
たしかにそうだと燕杏は思う。
過去の女性との性体験や、村山綾乃、今は小峰勝のそばで月岡愛莉という名前になって生活している女性としてみた時に、たしかに途中で気持ちが隆史の言い方だと「冷めちゃう」のを感じた。
「燕杏はレズビアンではないってことだと思う」
恋愛対象に燕杏が選んだのは小峰勝、巨漢で岩のような筋肉を持つ男だった。それは燕杏を腕の立つ拳法家として認め、男女の性別は関係なく一人の親友としてつきあってくれている世界で一人だけの存在だからであった。
小峰勝が女性でレズビアンだった場合、または徐麗花が男の娘で同姓愛の人だったのなら、性的な意味でも恋愛できただろうと燕杏自身でも考えていた。
小峰勝が幼なじみの村山綾乃、今は月岡愛莉を犯しているのに感情移入できなかった。勃起したり、射精の快感は知っているが、犯したいという欲求は、理性が抑制されて本能的な状態になってようやく解放されるぐらい遠い。
では、肛門を犯されたいかといえば、肛門性交の経験は男娼のニューハーフ扱いで客に犯された経験したかなく、気持ち良さは射精に劣ると燕杏は思う。犯されているあいだは、早く射精して終わってくれという思いが強かった。
小峰勝のモノをしゃぶって射精させた時のほうが、大好きな人が気持ち良くなってくれたという達成感や満足感があり気持ち良いと燕杏は思う。
女性のように性器の奥の膣内や子宮まで感じると思える感覚は燕杏にはわからない。ただ、自分は射精はしないが、好きな人が絶頂の証として燕杏の体を愛して射精するとき一緒に絶頂してみたいと想像することはある。
「俺の親父はゲイ傾向の人だったから、龍之介さんっていう男性の恋人がいた。龍之介さんは椿さんと綾子さんに初音と麗を産ませてるから、攻めと受けで言ったら攻めの人だったんじゃないかなと思う。親父の雅樹は受けだったんだろうと思うんだ。俺を発情の発作の果てに産ませたあとは、勃起することも嫌って〈神眼〉の自己催眠とヨガの秘術で勃起しない体を作り上げたりもした人だから」
「勃起する必要がなかったということですね」
「龍之介さんの肛門を犯すっていう欲求は、雅樹にはなかったんだろう」
燕杏も先代当主の雅樹と谷崎龍之介の話を聞いて、どんな性的な交わりを持っていたのか、こっそりと想像していたが、隆史の推測と同じだった。
（自分はどんな性交なら満足できるのだろう？）
燕杏は小峰勝のことを恋人にするのはあきらめてから、ずっと考えている。いや、性に目覚めてからずっと考えて迷い続けている気がした。
「徐麗花は俺を色恋の天才ぐらいに思っているから、燕杏の悦びを見つける手伝いを、俺に丸投げしてきた感じだ。俺から言わせれば、自分の大好きな大切な人なんだから、自分で責任を持って体を使って一緒に探すぐらいじゃないとダメなんじゃないかって思うんだけど」
「麗花様は隆史様に夢中ですよ。私のことはそんなふうには考えてないのでは」
「だだ夢中なだけなら、自分が俺のそばにいて燕杏をメイド姿にしてかわりによこしたりするものか。麗花は燕杏のことが大好きすぎるのは間違いないぞ」
隆史はその証拠に、リモートで面会した徐麗花と燕杏のメイド服はおそろいだと言う。
「麗花は樹海にある俺の別荘に美人のメイドが暮らしているという情報を誰かから聞き出したらしく、メイド好きなら燕杏を派遣するという提案を俺にしてきた」
情報提供元は隆史の別荘に不法侵入したことがある八神渉で「高級ホテルのスイートルーム暮らしも飽きたんじゃない？」と八神渉の携帯電話に電話をかけてきた。
徐麗花の組織が動いて、八神渉に危害を加えようとした犯罪グループのリーダーを逮捕されたらホテルから出られると徐麗花は話をした。
「うちで八神くん、働かない？」
「あ、隆史さんが知り合いの人の職場を紹介してくれたんで、俺はそっちで働く予定になってるんですよ。気を使ってもらったのに、すいません」
「うん、うん、隆史様らしいわね。本当にめんどうみの良い人だわ。八神くん、隆史様の別荘にいたメイドさんの画像とかあったら送ってほしいんだけど、いいかしら。あと送ったあとは消去するか、その携帯電話を破壊して、隆史様の情報は持ってないほうがいいわ。それが、あなたが隆史様の別荘に侵入した証拠だから。あなたは情報を私のところに流したといえば、拉致されても私の組織の人だと思われて解放されるはずよ」