僕とママ 9
『さあ裕樹クン?……今度は裕樹クンがオバサンに………ねえ?』
晴美オバサンは、口のはしに僕のをまだこびりつかせたままでそう言って、ゆっくり立ち上がると、バスタブをまたぐようにして両脚を開きはじめた。
その時だった。
『う、ヴヴォッ』
その瞬間、僕の頭のなかで、目の前のオバサンの股間から広がる黒々した毛並みが、少し上のおへそはもちろん、すぐ下の肛門にまでびっしり生えつながっている光景と、さっきリビングで観賞したDVDの、肥ったおじさんの体毛が、重なりあった。
『ヴッ、オエ………おえええっ』
『ゆ、裕樹クン?………裕樹クンちょっと!?』
僕は口元を押さえて、そのまま駆け出した。
オバサンの悲鳴のような声を、裸の背中に浴びながら…。
…。
……。
………。
そうして僕、相馬裕樹は濡れたからだで衣服をかかえ、すぐとなりの相馬家の部屋に逃げ込んだのだった。
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なんだか、とても悪い夢を見ていたような気持ちで、わたしはふと目を覚ました。
わたし、相馬麻理子一人きりの、狭いリビング。
壁の時計は、13時を少し過ぎている。
枕元には、飲みかけの缶ビールが倒れて転がっていた。
枕元なんて言っても、マクラはない。
ただ、粗末な二人掛けのソファーから床に転げて眠りこけていた、寂しい母親がそこに横たわっているだけ。
身体を起こそうとするけれど、まだ酔いが強く残っているのか、身を少しよじるのがやっと。
(…?)
何かの気配に、わたしはようやく気付く。
重いまぶたを薄く開けた、細い視界の中に、はだしの足がふたつ、並んでいるのが、わかった。
見覚えのある、クロックスの日焼けの跡。
まだきゃしゃな、小さめの指の形。
わたしにはもう、それだけで相手が誰なのか、解ってしまった。
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ただいま、と言いかけてから、僕は自分が素っパダカなのを思い出して、やめた。
いや、別に、自分が恥ずかしかったから、って言うんじゃないんだ。
薄く隙間の空いたカーテンからの外の光が、床に横たわって眠るママを、優しく照らしていたから。
それが、知らないうちに見とれちゃうほど、キレイだと思ったからなんだ。
「………」
僕は足音をたてないように、そっと寝顔をのぞきこむ。
少し、いつもの美容液と日焼け止めの匂いに、汗とお酒の匂いがする。
他の人からしたら、変態かもだけど。
僕はこうやって眠る無防備でだらしの無いママを、カワイイ、と思うことがあるんだ。
僕のことを、パパ無しで頑張って育ててくれた、僕には自慢のママだもの。
なのに僕は、カズ兄ちゃんにそそのかされてだけど、エッチなDVDを借りてしまい、一番秘密にしたかったはずのママに見つかって、とても悲しい思いをさせてしまったんだ。
ゴメンね。
ごめんなさい、ママ。
僕はママが目を覚まさないように、そっと、ほっぺに唇を近づけた。
(あ…)
保育園に通った頃を思い出して、キスをしかけたとき。
ママのほっぺたに、涙の流れた跡がうっすらと見えたんだ。
なんだか、そこにはさわっちゃいけない気が、した。
だから僕は、おでこにキスしたんだ。
…本当にゴメンね、ママ。
僕は心のなかでつぶやいて、濡れたままの身体を起こした。
でも、立ち去ることができなくなったんだ。
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