お義父さんは男の娘! 16
ただし、あくまでも明確な建前を全面に押し出し本音を隠した離婚を演じるのだ。
それが娘である奏へのレイプだった。最低な父親を演じる為の布石。
この行為は本家の連中が処女、つまりは汚れのない女子の方が政略結婚の魅力的なアピールポイントになる事を見越しての対策も兼ねていた。
最も、栄司自身はたまたまやるべき事が重なっただけであると考えていたようだが。
当然、実の父親に犯されれたショックで奏は傷つく。これで響との離婚を切り出せば、万が一にも自分を擁護する事はない。
これは一種の賭けでもあった。最悪の場合、あまりのショックに奏が自殺する事も予想出来なかったわけではない。――それでもそれくらいの事をして奴らを欺かなくては騙せないと栄司は判断して行為に及んだ。
だが響もこの事に関しては完全に認めたわけではなかった。いくら親友の敵討ちの為とはいえ娘を、最悪一生、もっと悪ければ命を天秤にかけるような真似は母親として認めたくなかった。
故にこの件だけは百歩、いや千歩以上譲りに譲って黙認という形をとった。何かあった時の責任は全てにおいて栄司が背負うと約束させて。
結果は見ての通り、奏は多少男嫌いにはなってしまったがそれ以外に異常は見受けられなかった。
こうして栄司は奏に最低な父親を演じられた。とどめに風俗嬢と浮気でもしていると嘘の告白をすれば、奏は自分と響の離婚に喜んで賛成してくれるだろう。
その後、典型的な無言から入ったと見せ掛けた栄司と響との夫婦のズレは、自然な形で夫の浮気発覚という形で離婚が成立した。離婚後の条件を厳しくしたのは、本気だという事を第三者の目からも分からせる為だ。
「娘を守る為に娘を傷つけ、遠ざける……あなたどんだけツンデレなのよ」
『それは間違っているぞ響。そもそもツンデレの定義は最初はツンツン、やがてデレデレの時間差ギャップによるものだった筈だ。ところが、近年はキャラの性格の一部のように扱われ、私としては遺憾な――』
「……あー、話戻すわよ?」
『――であるからにして……ん?ああ、そうしよう』
二人が離婚して数年が経過。奏が中学から高校、二年生ぐらいになった頃。
独り身になった事で両親の方から再婚相手の紹介という名目で接触を求める機会が増えた。栄司にとってそれは願ってもない好機だったので話に乗るフリをした。
元々、栄司の両親は親馬鹿というくらい息子を溺愛していて実は響との婚約も最後まで反対していた立場だったのもあり今回息子が離婚し自分達の元に戻って来た事を素直に喜んで居たのかもしれない。現に栄司が両親に本家を出入りする許可を求めるとすぐに承諾したのが確かな答えだ。
こうして栄司は真っ当な理由で堂々と栄司は出入りしやすくなった。
しかし、調査と言っても栄司は事件の事を調べようとはしなかった。
『証拠なんてとっくに揉み消されている。私が彼らの立場ならとっくにね。だからこそ私は――』
「それ以外。これまで綾小路家が関わったであろう、不正を探す事にした」
『一つでも不正を立件さえ出来れば、世間から疑惑の目を向けられる。綾小路はそれだけ大きな巨木に成りすぎた』
「でも、その大きくなった巨木には大勢の人の生活がかかっている」
『ああ。だからこそ私は一部の腐った部分だけを切り落とす。友の復讐ではなく、上に立つものとして当然の事をやるだけだ』
栄司には仕事で培った行動力があった。
許可を貰ったその日から堂々と調査を始め、地道に法に触れている犯罪の証拠を探した。
意外にも足跡は至るところに発見出来た。
一先ずの目的を達成出来た余裕からの油断、或いは罠か。
いずれにしても栄司には退く事は出来ない。
仮に罠であったとしても、目の前にある餌に食いつかない動物はいないだろう。確固たる目的を得た栄司には、罠に引っかかっても餌を持っていくだけの理由があったのだ。
権力者達がそれぞれの自慢話で華を咲かす大嫌いな財閥主催のパーティー、愛想笑いで相手のご機嫌を伺う退屈な接待ゴルフも同様に言える。
栄司は親が綾小路家で、コネを使おうと思えば使えただろう。だが、彼は自らの実力だけで上に上がって来た。故に下の者の苦労を理解出来ている数少ない一人だ。仕事の一環だと思えば嫌でも何とか出来たのだ。
こうして長い時間を掛けて信頼と実績、裏では密かに綾小路家と戦う為の準備を整えた栄司。
全ての準備を整え、後は来たるべき日を待つだけだった。
『そんな矢先だったね。彼女が――恵君が交通事故に遭ったのは』
買い物帰り、交差点の横断歩道を歩いていた時に居眠り運転の乗用車にはねられたという。
栄司が真っ先に思ったのは綾小路家の関与だ。…が、調査の結果全くの偶然の事故であると確かな筋での答えが出たのだ。
更に不幸中の幸いな事に恵は、一時期は意識不明の重体だったが、懸命な治療の末になんとか回復した。
これで一安心……というわけではない。
恵が今度こそ奴らに狙われる可能性がまだ無くなったわけではない。
この時点で計画を実行に移す事は出来なかったわけではないが、栄司は念には念を入れて様子を見るためにも先送りする事にしたのだ。
その為に考えた手段が、恵の死の偽装である。
世間には彼女が事故で死んだと見せかけて別の遺体を彼女と偽って偽の葬式を行った。本物の恵は密かに病院から退院させ栄司の信頼のおける人物の家に隠れ住まわす事にしたのだ。
その為には実の息子さえも死んだと偽る必要があった。
木原恵の一人息子――木原晶にも。
当然、残された晶は母の突然の死によるショックと、働くあてのないアパートの家賃を払う事などの多くの問題を抱える事になる。