お義父さんは男の娘! 1
「…………」
夕暮れ時。地元の私立の女子高に通う高校二年の私、本宮奏(もとみやかなで)はマンションの自宅の玄関の前で無言で立ち尽くしていた。
別に玄関のカギを無くしたわけではない。カギはちゃんとスカートのポケットの中に入っているし、そもそもこのドアは開いているのだ。
「玄関開いてるし家に居るんだよね……はぁ」
私はため息をつきながら、力無く玄関のドアを開けた。
「ただいま…」
「あ、おかえりなさーい」
小声で挨拶をした私の声を聞き分け台所からまだ変声期になっていないであろう少年の、女の子とも聞き取れるような声が聞こえた。
(やっぱり居た…)
私は内心軽くブルーになりながらも靴を脱いでスリッパに履き替えて台所を目指す。お弁当箱を流し場に置くためだ。
しかしその為には台所にいるであろうさっきの声の主とは確実に鉢合わせをするわけで―――。
「あ……」
「おかえりなさい奏ちゃん」
藍色の無地のエプロン姿でにっこりと笑みを浮かべ私を迎えた本宮晶(もとみやあきら)。黒髪のショートヘアにぱっちり開いた瞳の可愛らしい男の娘……いや男の子だ。背格好も私よりちょっと小さくらいで、顔つきも幼くよく女の子に間違われるそうだが、こうみえて18歳。年上なのだ。
忙しそうにせっせとフライパンを動かし夕食の準備に取りかかっていた。
「ん」
私は晶にお弁当箱を手渡す。
「はい。…あ、ちゃんと全部食べて来たかんだ。いつも偉いね」
「あっそ」
褒めてくる晶の言葉にも素っ気なく返答し踵を返して自分の部屋に戻ろとすると、
「あ、奏ちゃん。お弁当どうだったかな。エビチリ入れてみたけど、辛く無かった?」
去り際に晶は私に感想を求めて来た。
「……食べれたよ。全部食えたけど満足には程遠いって感じ」
嘘だ。一緒に食べる友達に美味しそうだから一口頂戴と奪われそうになって軽くケンカしながらも私は死守して食べた。いつものようにはなまるをあげたくなる美味しいお弁当だった。
「そっかぁ…。じゃあ次はもっと美味しいの作るね」
そんな私のひねくれた批評を聞いても気にしない晶。
「…ん。せいぜい期待しないで待ってるわ」
私は後ろを向きながら何様のつもりな発言をして台所を後にした。
「はぁ…」
自室に入るなり制服を投げ捨てるように机に放り投げるとそのままベッドに寝そべりながら深々とため息をついた。
「何でよ……何であんな奴が……!」
この苛立ちの原因は間違いなくあいつ――晶のせいだ。
実は私、本宮奏はあいつの事が好きだ。ううん、好き過ぎていつか押し倒してしまいそうで怖い。
私は晶に恋をしていた。
だったら素直に告白すればいいって…?それで済むならこんなに悩むわけがないじゃない。
兄妹の壁?……ああ、それくらいならまだ比較的マシな関係かも知れないわね。
だってあいつは、本宮晶は―――。
「あんな奴が、あんな可愛い子が―――私の父親だなんて、絶対に認めないんだからぁぁ!」
そう、本宮晶は私の兄ではない。彼は母の再婚相手。書類上は私の義理の父親なのだ―――。
『あ、奏ちゃん。私、再婚する事に決めたから』
『はっ?』
今から約1ヶ月ほど前の夜中。
私の母である本宮響(もとみやひびき)はお風呂上がりにリビングまでやって来てソファーで携帯をいじりながらくつろいでいる私にとんでもない事をさらりと口にした。
『だから再婚よ。母さんその人に一目惚れしちゃってね。奏も、もう高校生だしそろそろいいかなーって……』
そう言って母はバスタオル姿で台所まで向かう。今にも零れ落ちそうなバスト95センチのJカップに対し、明らかに細い58センチのウエストと85弱のヒップのセクシーボディが体を、主に胸を揺らしながら冷蔵庫の戸を開ける。
お目当ての冷えた缶ビールを取り出すと抱えてリビングまで持って来てそのまま私の隣に座った。
『ほら、母さんも奏ちゃんも家事全般苦手じゃない。今までは二人で協力して何とかやってこれたけど、母さんも仕事に集中したいし、奏ちゃんも友達と遊んだり高校生らしい事したいでしょ?』
『そりゃまあ…そうだけど』
母、本宮響は私が中学生の頃に父親と離婚した。原因は父の浮気。母という女がいながら風俗店の女と駆け落ちして、一方的に離婚を突きつけて来たのだ。
母は条件として結構な額の慰謝料の要求と私の親権を自分に譲る事。それと離婚後は赤の他人に戻り二度と会わない事を条件に快く承諾した。
まあ二人共働きで朝食の時以外一切目も顔も合わさない、軽く冷戦状態になっていたので離婚するんじゃないかって事は薄々だが私もある程度予想はしていたのだ。
更に言えば二人共それぞれ重要なポストについているのでお互い離婚しても困る事が無い。むしろせいせいするというのが本音だったようだ。
ちなみに父は某有名デパートの支店長。母は高卒でデビュー共に人気を博した伝説のグラビアモデルで、できちゃった結婚を機に経った一年で現役を引退した。この時お腹に居たのが私だ。出産後は所属していた事務所からの熱い要望で事務所に復帰。現在は代表取締役に就いている。
『で、母さんのハートを射止めた相手はどんな人なの?』
『んー?な・い・しょ』
可愛らしくウィンクすると、母は持ってきた缶ビールのフタを開ける。シュワっと軽快な音をあげ、ごくごくと一気に飲み干す。
『ゴクゴク…………ぷはーっ、美味い!というわけだから当日を楽しみにしてなさいな♪』
その数日後に母は家に晶を連れて来た。母さんの仕事仲間か事務所の新人の人と思った私に彼が自分の再婚相手だという事を告げたのだ。