ヒメゴト。 35
今日の戸締りは俺の担当だ。
「可憐」
「はい?」
「今日、授業が終わったら残っててくれるか?」
「はい、もちろんです!」
そう言って、満面の笑顔を見せてくれる可憐。
これで日常に戻ってくれた、そう思ってもいいだろう。
…その日の授業も順調に進められた。
理数系の授業は山口さんが担当することで当分補うらしい。
『そのうち面接がある』とは山口さんも言ってはいたな。
「今日はここまで。みんなお疲れ様」
最後は俺が国語の授業をやって、今日の科目は終了。
皆が教室から出て行くのを見て、スタッフルームに戻る。
「せんせぇ♪」
可憐も一緒についてきた。
あの事件が、実際よりももっと前の出来事のように思える。
可憐の笑顔は、あの後も変わらなくてホッとする。
「紅茶飲むよな?」
「はい、お願いします♪」
スタッフルームに入ると、俺はティーカップを棚から取り出し、可憐はソファーに座る。
何気ない日常が、今日はいつも以上に嬉しかった。
………………
部屋の中が沈黙に包まれる。
いつもなら、何か話すことがあって、可憐もそれに乗ってくれて楽しく会話が広がるはずなのだが。
やはり、あのことがあって、それから初めてだからというのもあるのか…
…窓がカタカタと揺れた。
風が強くなったのかな。
「せんせぇ」
可憐のほうから、沈黙を破ってきた。
「せんせぇが、あの時、私を助けに来てくれて、すごく嬉しかった」
「…俺は何にもしてないんだけどなぁ」
アレは里菜さんが大立ち回りやったおかげと言っても過言ではない。
「いえ…せんせぇのおかげです…せんせぇの顔を見て、私、救われたと…あの時はホントに、ホッとしたし、嬉しかったです」
「いや、俺もホッとしたさ」
可憐は笑顔を見せてくれる。
しかし、その瞳は潤んでいるらしく、遠目から見ても泣きそうに思えるくらいだった。