ヒメゴト。 29
いつも元気な彼女らしくない、何か思いつめたような表情。
あまりそんな顔はするな、なんか嫌な感じがするから、なんて言いたくなるがやめておく。
「センセ、時間、ちょっといいかな」
「おう、お前が気の済むまで相手してやるぞ」
「ふふ、ありがと」
ニコッと微笑むがその笑顔にもいつもの力がない。
本気でどこか悪いんじゃないかと心配になる。
「まあ、事務室に入れよ。紅茶でも入れてやる」
「ありがと、センセ」
エリカを事務室に招き入れる。
いつもは可憐と過ごす授業後のひと時だが、今日はそうではない。
その代わりにエリカと2人きりである。
「可憐、無事でよかったよ」
「そうだな」
「センセが助けてくれたんだよね、ありがとう」
「あ、ああ」
…コイツに本当のことを言うべきでは…どうしようか。
でも、それよりも今は、エリカの精神状態が心配だった。
明らかにいつもの彼女とは違う。
「可憐に、もし、何か、あったら…私…」
「エリカ…?」
こんな顔のエリカを見るのは、もちろん初めてだった。
声は震え、瞳から涙がこぼれる。
「エリカ…」
俺はその身体を抱きしめた。
「センセ…」
「そんな顔のお前なんて、俺は見たくないんだ」
エリカは俺の顔をまじまじと見つめ…その後…
…赤ん坊のように泣き続けた。
いつものでかい声に、さらに拍車がかかったようなでかい泣き声だった。
それでも、俺はエリカの折れてしまいそうな細い身体を、強く抱きしめ続けた。
コイツはコイツで、可憐をここに導いたことを後悔していたのだろう。
いつもは底抜けに明るくても、実際には気苦労が絶えなかったのか。
苦労してたんだな、お前…
俺はエリカを抱きしめながら、その頭を優しく撫で続けた。
…
ようやく落ち着きを取り戻したエリカは、俺が入れた紅茶をチビチビと飲み始めた。
「ごめん、センセ」
「構わんぞ。お前の意外な一面が見れたな」
「あはは…見られたくなかったなぁ…」
照れながらも可愛い笑顔を見せてくれた。
いつもの調子に戻り始めたか。
「私は、センセのこと、可憐の彼氏だって思ってるから」
「ああ…お前が思うなら…」
今回の件で、可憐への思いは、いっそう強くなったのだ。