未来宇宙史 6
「にゃっ……ごめんなさいっ!」
ボロボロの服を着た幼女が、カイルによってつまみあげられたのだが……唐突な謝罪にカイルとエナの目が点となった。
「えっ、どういうコト?」
思わずカイルとエナがハモる。
「えっと、その……」
言いながら華奢な両腕をバタバタさせて、落ちないようにバランスをとる幼女。
「あっ、わり」
カイルも不安定さに気付いたのか、平らな場所へと幼女を降ろす……そして盛大なくしゃみをひとつ。
「カイル、風邪?」
と心配したエナが問い掛けるが、舞い上がったホコリに、すぐにその類ではないことに気付く。
「いや、そういう訳でもないんだが……悪いがエナ、先にその子をシャワーにいれてやってくれないか?」 事情を聞くのはその後でいいから、と付け加えてシャワー室を指差す。
「先にシャワー浴びてこいよ。ってやつね♪オッケ!」
いやそうじゃねーよ、というツッコミも聞かずに、幼女を引っ張ってシャワー室へ連れていくエナ。
置いていかれた感満載の中、カイルは幼女の着替えのために手頃なものを探すことにした――。
「ったく、ロクなモンがねーなこの船はっ!」
タダ同然で貰ったものなので文句は言えないと頭では分かっているものの、思わず漏れる不満。
それもそのはず、譲渡された時点では船内には何もなく、宇宙航海用の備品を自らで調達しなければならず、未経験のカイルやエナにとって、充足たりえる準備など出来るはずもない。 本格的な準備は一つめの惑星で行おうとすら思っていたぐらいだ。こういった不測の事態を想定した備品などあろうはずもない。
無論、備品は申請すれば必要経費として落ちるが、カイル達にとって、欲しいものは金ではなく知識だった。
とは言っても、例え熟練のアドバイザーが居たとしても、獣耳の少女が潜んでいることなど想定しようもない事だが。
とにかくその場しのぎでも構わない、件の少女が着られるもの、と焦るカイルだったが、ふと思い付き自室へと歩みを進める。
見た目はボロいが、内部は最新鋭の技術が備えられていて、自室の扉は指紋認証や網膜認証を超えた身体認証となっており、普段はただの壁だが、登録されているオーナーなら、壁をすり抜けるように通過できるシステムである。
惜しむらくは、オーナーから見てもただの壁に見える所だろうか。
今でこそ難なく行き来できているが、始めはカイルもおっかなびっくりだったものだ。
颯爽と自室に潜り込み、わりとすぐに目当てのものを見つけたのか、数分もせず、艦橋へと戻ってきた。
その手には、以前エナから貰った手編みのセーターがあった……とてつもなく縮んだ状態で。
希少素材のマイトウールを使って編んだものだが、そもそもマイトウールとは、突然変異した羊の毛で、外気によって厚みが変わる特殊な素材。季節問わず着用できるように、との想いで編まれたものだったが、なにしろ希少素材。宇宙へ持ち出した前例がなかった。
宇宙空間のエーテルに反応して縮むらしい、との学説が出始めたのも、カイルらが旅立ってから数年後というくらいだからエナが知らないのも無理はない。
カイルには小さすぎて着れないが、かと言って捨てる訳にもいかずにタンスの奥に眠っていたものが、ついに日の目を見ることになりそうだ。
マイトウールセーターの形を整え、操縦桿に掛けると、一息吐きながら操縦席に腰を降ろす。操作する機会はなくとも艦橋では貴重な椅子だ。自動操縦に感謝しながらも物思いに耽るカイル。
馳せるのは目的地。カイルとエナで相談して決めたそれは、鉱物を多く産出する工業惑星。初の航海を終えて入り用になるものは恐らく、宇宙船関連がメインとなるだろう。そう踏んでの結論だ。
造船から補修、各種武装まで何でもこなせる技術力を保持している惑星、というのは下調べ済みだ。
お世辞にも戦闘向きとは言えない宇宙船の為、改装することは視野に入れていないが、細部の調整を含めた修理程度はしておきたい、とは相談時のカイルの弁だ。