世界の中心で平和を叫ぶ。 62
「そこのボロボロの布をかぶっているキミ!
止まりなさい!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
特徴を挙げてもう一度呼びかけるが、またもや無視。
「聞こえないのか!?止まれと言ってるんだ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その態度が気に触ったのか、声を荒げて呼ぶとそいつはようやくその動きを止めた。
うつむいたままゆっくりと警官のほうを向く。
それは見るからに怪しい不審人物だからだろうか。
その動作がやけに不気味で、背筋に冷たいものを感じさせた。
「な、何をにらんでいるんだ!?ふざけていないで顔を見せなさい!?」
言いようのない恐怖を振り払うように、警官は謎の人物の顔を拝んでやろうとボロ布のフードに手を伸ばした・・・が。
ガシッ!
警官の手がフードに触れようとした瞬間、謎の人物に腕をつかまれた。
「なっ・・・!?何だ!?抵抗するのか!?」
警官はあわててその手を振りほどこうとするが・・・外れない。
単純に力がすごいというのもあるのだが、つかんでいるその手が濡れているせいか、吸い付いて離れないのだ。
「こっ、この手を離しなさい!」
どんどん大きくなっていく嫌な予感に、警官はたまらず声を上げる。
しかしそれが虚勢なのは誰の目からも明らかだ。
慌てふためく警官に、ソイツは初めてその口を開いた。
「・・・オマ、エ・・・テキ、カ?」
「っ!!??」
たったの一言。その一言で警官は骨の髄まで震え上がった。
その声は片言なんて言葉で片付けられるものではない。
まるで人以外の発する音を寄せ集めて作ったような、そんな声だったのだ。
「はっ、離せっ!?離せぇっ!?」
もはや恥も外聞もなく、怯える警官は握られた手を離そうと暴れだす。
だが相手のほうはそんなことなどお構いなしにゆっくりと顔を近づけていく。
「・・・・・・・・・〜〜〜〜〜っ!!??」
警官とソイツが目を合わせた瞬間、声にならない悲鳴が上がった。
その一部始終を見ていたギャラリーはこう語る。
『化け物でも見たかのような顔になったかと思ったら、その場でガクガクと震えだしたんです。
まるでそこだけ地震でも起きたみたいに激しく震えて・・・。
何事かと思った瞬間に泡を吹いて気絶したんです。
あの人、いったいどんな恐ろしいでしょうね』
警官を気絶させた男は、それで興味を失ったのか、警官に背を向けて歩き始める。
のろのろと・・・足跡代わりに水のような液体を残していきながら。
異様な出来事に誰もソイツの歩みを止めるものはなく。
後にはギャラリーと泡を吹いて気絶した、哀れな警官1人が残されていた。