闇の牙―牝狼― 35
「やだなぁ…俺たちは刑事さんと事を構える気はねぇんだぜっ」
あくまでもヘラヘラと愛想笑いを浮かべる柏木。
だがその細い双眸は一切笑っていない。
「チッ!!」
苛ついたように舌を鳴らす恵理奈。
憎らしいげに柏木を睨みつける恵理奈。
清吾は…。
相手の事務所なら突っ張り通せば何とかなると。
今までの刑事生活での感覚で掴んでいた清吾。
だがその感覚で…暴力団事務所よりもこの手の店の方が危険と捉えていた。
だから…。
「おい…東…」
穏便に事が済むなら済ませたかった。
そんな清吾を余所に。
「大暴れしたって…有田ら三人の情報は得れねぇよ」
柏木とて事を構えたくない気持ちは清吾と同じであったようだ。
惨殺されたチンピラ三人組の名前を出して。
恵理奈の前に餌をぶら下げる。
「いいのかよ…歌っちまって…金原に殺されちゃうぜ!」
だが…。
当の恵理奈はまだ暴れ足りないのか。
その可愛らしい顔に不敵な笑みを浮かべ挑発を続ける。
だが…その笑みすら可愛げがある。
「いや、あんなチンピラ…うちの組にゃ関係なんてコレっぽっちさ」
右手を恵理奈の前にあげる柏木。
その右手の人差し指と親指はくっつくか、くっつかないかの所で止まっていた。
そしてこの右手。
敢えて恵理奈の前に晒す事で。
柏木は争うつもりのない事を表したのだ。
これは正解。
簡単に挑発に乗るようではこの街で暴力団の幹部は張れなかった。
「フンッ!」
その可愛らしい鼻梁にシワを寄せて憎らしげに鼻を鳴らす恵理奈。
その姿だけ切り取ると彼氏と喧嘩した年頃の娘だ。
もし面と向かっているのが彼氏なら…。
そんな素直じゃない所も可愛い…そぅ言わしめるに充分な“フンッ”であった。
だが相手は暴力団幹部。
柏木は愛想笑いを浮かべながらも、右手を下げるタイミングを推し量っていた。
恵理奈がどうしてもその気ならやるしかない。
やるとなると恵理奈が相手、先手を取るしか勝ち目はない。
が…次の瞬間。
「それじゃ…知ってる事話せよ」
不意に挑発を止める恵理奈。
素直でない上に飽きっぽい。
だが知りたい事をいつまでも放ってもおけない。
いかに凶暴でもこの辺は今どきの女の子であった。
「ふぅぅぅ…」
大きく息をついて右手をゆっくり下ろす柏木。
だがそれは少し前とは意味合いが違っていた。
銃撃戦を回避できた。
いや命の危険を回避できた柏木。
額の汗を拭いながらドカッと椅子に腰を下ろした。
「早く教えろよ…」
暴力団の幹部に命の危機さえ感じさせてた女刑事。
その愛くるしいとさえ思える瞳を…。
好奇心の光で彩り、柏木のカミソリのような双眸を覗き込んでくる。
「奴らは…」
正直、間近で見る恵理奈の容姿に欲情している柏木。
惨殺されたチンピラたちについて静かに語り始めた。