闇の牙―牝狼― 27
その中の一人。
梶雄一は普段では感じないトキメキを感じていた。
人付き合いが苦手で大学をドロップアウトし。
引き込もって生活する程の財力も支援もない雄一。
そんな雄一が選んだのが華やいだ部分のないこの仕事であった。
それでも同世代の同じアルバイトの連中はどこの店員が可愛いとか…そんな話題ばかり。
無論、雄一はそんな連中の輪の中に入る事はなかったが。
そんな雄一が仕事の合間、合間に手を止めて魅入ってしまう程トキメいているのだ。
その原因は今日から入った新人にあった。
その新人の名は槙村冴子。
冴子の新人教育を任されたのが雄一であった。
23歳の雄一。
自分よりは少し年上であろう冴子の一挙手一投足を盗み見る様に見つめていた。
長く垂らした前髪、度の強い眼鏡で顔を隠した冴子。
その出で立ちが物語る様に地味と言うか、暗い性格で。
必要以上の事は一切口にしない。
必要な事を口をする時にはボソッと消え入る様な細い声。
雄一はそんな冴子に自分と同じ匂いを感じていた。
それこそが冴子に惹かれる最大にして唯一の理由であった。
そして休憩時間。
教育係りの雄一と冴子、同じ休憩時間であった。
自販機に向かう雄一。
缶コーヒーを二つ買う。
今の雄一の収入から考えると缶コーヒーくらいとは言い切れない部分はあるが。
元々は思い込みが激しく…それに端を発した人付き合いの苦手な雄一の性格だ。
その思い込みが激しい分、また人付き合いに慣れていない分。
歯止めが効かなくなりつつあった。
「こ…これ」
別段酷い容姿ではないが。
痩せ細って実年齢よりは老けて見える顔に精一杯の笑みを浮かべ。
雄一は手にした缶コーヒーを冴子に差し出した。
「いえ…けっこうです」
当然と言えば当然の冴子の返事。
冴子の言葉に大人しく引き下がれる程。
雄一は人付き合いに長けていなった。
また…それなりの決意を込めた行為でもあった。
「い…いや…買っちゃったし」
若干引きつった笑いを浮かべる雄一。
「いえ…」
雄一の好意を拒み続ける冴子。
僅かに苛つきを感じている。
だが他人からの好意に慣れていない冴子。
若干の戸惑いを感じているのも事実であった。
そして、たかが缶コーヒーではあるが。
雄一の中ではいつしか別の意味に刷り代わり始めていた。
その雄一…。
「お願いします!」
深々と頭を下げてみせた。
何か的外れな感もある雄一の態度。
やや根負けした感じの冴子。
躊躇いがちでは雄一の差し出す缶コーヒーに手を伸ばす。
「あ…ありがとう」
シワ深いを顔を殊更シワくちゃにして笑う雄一。
「どうも…」
釣られて笑う事はないが。
それでも感謝の言葉を口にする冴子であった。
新宿でも廃墟の少ない一角。
建ち並ぶ中低層のオフィスビル。
その中の五階建ての小さなビル。
打ちっ放しのコンクリート。
オーソドックスな感じのこのオフィスビルがテラ企画の本社ビルであった。