闇の牙―牝狼― 24
「いいや…お犬様のだけだ」
恵理奈の問いに首を横に振る鑑識員。
「お犬様?…わんこの事?」
誰もが予想しなかった恵理奈の一言。
「ぷっ!」
清吾は堪え切れずに吹き出していた。
そんな清吾をジロリと睨みつける恵理奈。
でも駄目だった。
凶暴でクールな恵理奈の口から“わんこ”とは。
清吾の顔面の筋肉は弛みまくる。
そんな清吾につかつかと歩みより。
『わかば』の濃厚な煙を吐きかける恵理奈。
そして小さな声で。
「何がおかしい」
だが、そう言った恵理奈の頬はうっすらと桜色に染まっていた。
「いや…あの…」
清吾の笑いが。
引きつった愛想笑いに変わった。
「フン!」
鼻梁に横シワを寄せ…その鼻を鳴らす恵理奈。
そして…。
クルッと背中を向けると。
再びブルーシートの下の死体の方へと歩み寄って行った。
当然と言えば当然だが。
死体は凄惨を極めた。
その生前は修造と呼ばれていた死体。
唯一の気休めは。
最初の一撃で即死出来た事ぐらいの様であった。
惨殺現場を出て。
特殊警ら車輌に乗り込んだ恵理奈と清吾。
「警察病院…」
まるでタクシーの運転手にでも告げる様に呟く恵理奈。
昨日…来たときと同じ様に。
談話室で恵理奈と清吾を迎える美央。
その鼻梁には化粧で隠してはいるが。
薄らと青い痣。
その美央…視線で制する様に清吾を見つめる。
今日は予想もしていたし。
イラつく事もない。
両手を広げ両肩を竦める清吾。
“判ってますよ…”とばかりに笑って見せると。
ソファに静かに腰を下ろした。
そんな清吾を顧みる事なく恵理奈が歩き始めた。
案内は無用とばかりにツカツカと歩く恵理奈。
その後ろを行く美央は…。
瞬きもせずに恵理奈の後ろ姿を見つめ…。
開いた白衣の合わせ。
その中に手をそっと忍ばせ。
紺色のタイトスカートに包まれた自分の下腹部に触れていた。
「フン…フン…」
口をしっかりと閉じ…鼻で荒い息を吐き続ける美央。
タイトスカートの生地を股ぐらに押し込む様に。
自分の敏感な辺りをゴシゴシと擦り始める。
歩きながらだ。
前を歩く恵理奈の瞳がスッと細くなる。
伊達に可愛い顔つきしているのではない。
背中に受ける視線。
この類いの視線は学生時代からよく受けていた。
全ては男からではあるが…。
学生時代の恵理奈。
この粘りつく様な…。
絡みつく様な視線を感じた時は大抵、振り返った。
そして目にするのは。
風体の怪しげな男が。
グロテスクな造形のおのが肉棒をしごく姿であった。
機嫌がいい時は鼻で笑って済ましていた。
機嫌が悪い時はニコやかに近づき。
相手の股間のモノを蹴り潰していた。
だが…今はまずは事件の事と言う思いがあったのか。
恵理奈はその視線を無視する事にした。
そんな事とはツユ知らない真央。
タイトスカートの生地越しに指先を…。
自分の股ぐらに押し込み。