闇の牙―牝狼― 23
署内の薄暗い廊下。
清吾が見つめる。
恵理奈の後ろ姿は…。
濃紺のジャケットにスキニージーンズ。
今は見えないがジャケットの下は白無地のブラウスだった。
しかも胸元はかなり際どく開いていた。
その恵理奈。
ジャケットのポケットに両手を突っ込み。
膝をあまり曲げずに。
踵から着地する様に大股で歩いている。
その都度、細い肩が左右に弾んでいる。
どうやらさっきまで機嫌を悪そうにしていたのは…。
朝だからと言うだけであった様だ。
やはり事件自体に対しての恵理奈の関心は高かったようだ。
その証拠に…。
鑑識から回ってきた詳細な結果を。
特殊警ら車輌の中に持ち込んでる。
しかも…。
「裸足と思われる足跡、サイズは22センチ前後…アタシと同じくらいだ」
恵理奈の方から清吾に話し掛けてきた。
気を良くした清吾は…。
「よかった…」
「なにが?」
助手席で眉を潜める恵理奈。
「いや…今度、東に靴…プレゼント出来ると思ってさ」
…調子に乗ったが。
「大型犬もしくは、それに近い物の足跡も残されていた」
恵理奈はものの見事にスルーを決めた。
「し…しかし…そんな大型犬なんて…遠の昔に絶滅したろ、この国では」
清吾が気まずそうにしながらも話を合わせた。
「密輸?」
恵理奈の言葉…清吾にと言うより独り言だった。
「まぁ余所の国にはいるだろが…何でワザワザ?」
清吾のその言葉に恵理奈はブスッと黙り込んでしまった。
“知るか!”その瞳はそう言っている様だ。
そして暫く続く沈黙。
「じゃあ狼女だ」
不意に恵理奈がその沈黙を破った。
「バカな…」
苦笑いを浮かべる清吾。
だが…何故か強ち、ないとは思えない節もあって仕方なかった。
『わかば』をくゆらせた恵理奈と清吾が現場に到着した。
警官は違うが。
鑑識員は昨日と同じだった。
恵理奈はその鑑識員をつかまえ…。
「コンビニの方の所見は?」
おねだりする様にコンビニ殺人事件の鑑識結果を求めた。
その姿…若い女の我が儘さを見事に体現している。
「ムチャ言うなよぉ」
年配の鑑識員は。
自分の娘くらいの恵理奈にすっかり翻弄され始めている。
「足跡はぁ?」
鑑識員の袖口を掴んで揺する恵理奈。
判っていても…鑑識員の眼尻はだらしなく下がってしまう。
そんな鑑識員をジッと見上げる恵理奈。
別段、媚びている訳ではないが顔が顔だ。
「いや…コンビニの方は目ぼしい足跡はなかった」
鑑識員の言葉に唇を尖らせ。
あからさまに不機嫌な表情を作る恵理奈。
だがそれは男なら誰もが機嫌を取りたくなる拗ね顔であった。
だから…。
「だがな…ここでは取れたぜ」
鑑識員は恵理奈の機嫌を取る様な言葉で。
視線をブルーシートで覆われた死体らしき物に流した。
「やっぱり小さいやつと大型犬?」
幾分、恵理奈の機嫌が戻った。