闇の牙―牝狼― 16
その首をぶら下げた死体の下には。
血溜まりや汚物溜まりが出来ていたが。
朝方の現場に比べたら。
綺麗な現場と言う言葉は間違いでは無かった。
その血溜まり、汚物溜まりの中に。
歩み入る恵理奈。
両膝に手をつき。
死体の前に前屈みになると。
抉り取られた首元を繁々と眺めている。
一方、清吾は。
不謹慎な話であるが。
後ろに突き出された恵理奈の小さな尻。
紺のスラックスに包まれたそのヒップラインに見惚れいた。
いかに狂暴でも恵理奈の容姿だ。
清吾も男である以上は。
これはしょうがない事であった。
あくまで身体に見合った小さな尻であったが。
キュッと締まって…形の美しさは絶品。
制服風のミニスカートが似合いそうな可愛らしい尻であった。
「…すいません」
唐突に呼び掛けられる声。
その声に清吾は恵理奈のヒップラインから殺人現場に引き戻された。
振り返ると。
外で目撃者とおぼしき店員達から事情を聴取したていた警官。
その警官が申し訳なさげに立っていた。
「ど…どうした?」
何でもないっと言った顔で取り繕う清吾。
「実は…」
警官が神妙な面持ちで喋り始めた。
店員達の話では…。
殺戮の現場には。
もうひとり女が居た。
そして、その女が消息を絶ったとの事だった。
「これが女の履歴書です」
警官が清吾に一通の履歴書を手渡した。
添付された写真には垂れた前髪と分厚い眼鏡。
それらで顔を隠す様にした女が写っていた。
「槙村冴子…か」
独り事の様に呟く清吾。
どんな形にしても…冴子が事件に関与している。
それは間違いがない様であった。
履歴書を持った清吾が背後から恵理奈に近づく。
恵理奈は首の抉れた死体を前に。
何かを確かめ様に…その口角の上がった可愛いらしい口を…。
ア〜ンとばかりに開いていた。
もし恵理奈の目の前にある物が。
ケーキな何かであれば…。
多く男たちが。
トキメキを憶える様な光景であったろう。
だが…。
生憎、恵理奈の前にあるのは首の千切れた死体であった。
「ひ…東…」
清吾は背筋に冷たい物を感じながら。
口を開いたり閉じたりを繰り返している恵理奈に。
恐る恐る声を掛けた。
履歴書に書かれた冴子の住所。
それは小さく。
うらぶれた墓地であった。
多くの者が死亡するこの街。
墓地は身近に…数多く点在した。
たかだか二、三十の墓が並ぶ墓地。
管理小屋や寺すらない。
冴子が百歩譲って寺の娘という事もあり得なかった。
墓地の周辺を一回りしたが何も出てこなかった。
「くそ!」
苛立たしげに履歴書を握り締める清吾。
恵理奈はどうでもいいと言った感じで。
『わかば』を一本くわえる。
オイルライターで火をつけた。
そして。
「おなか空いた…」
気まぐれな彼女の様に呟いた。
それぞれの夜。
新宿蕪木町の裏通り。
廃墟が建ち並ぶ一角。
その中のひとつ。
かつて多く飲み屋が入っていたが…。