闇の牙―牝狼― 15
携帯で何やら。
二、三こと言葉のやり取りをする清吾。
その表情がみるみる刑事のそれに変わってゆく。
電話を切る。
そして…。
「おい!東!」
清吾の声に恵理奈は。
素っ気ない…。
いや、あどけない顔で振り向いた。
とても数分前にチンピラの顎を。
握り潰しているとは到底思えない顔だ。
「殺しだ…ホシは例のシマのホシと一緒だ」
ドラマで覚えた昔の警察隠語で。
恵理奈に話し掛ける清吾。
「ヤマだろ…」
素っ気なく突っ込む恵理奈。
そして…。
天使の様な顔に悪魔の笑みを浮かべた。
恵理奈と清吾が現場に着いた頃には…。
陽は西の空に深く沈み落ち。
背の高い廃墟の様なビルが建ち並ぶ。
薄汚れた街中は所々、薄い闇に覆われ始めていた。
現場となったコンビニエンスストアの前には。
数台の警察車両が止まり。
規制線によってその入り口は封鎖されていた。
その脇では店員であろう。
蒼白な顔をした中年女と学生の様な若い男が。
警官によって事情を聴取されていた。
そんなものものしい状況にはなってはいるが…。
野次馬はカラスの群れのみ。
たまたま前を通りかかる通行人も足を止める事はおろか。
現場に一瞥をくれる事すらしようとはしない。
それだけ…。
この街の人々は犯罪に馴れ親しんでいるのだ。
清吾と恵理奈が規制線をくぐり抜け。
店舗に入る。
「また…ですね」
店舗内にいた警官が敬礼をしながら小声で。
恵理奈とも清吾とも…どちらともにでもなく囁きかけてきた。
朝方…高城公園にいた警官の一人だった。
「ご苦労さん…」
清吾はその自分と同世代の警官に微かな笑みを見せる。
が…恵理奈は言うに及ばずであった。
コンビニの店舗内は。
別段、殺戮の舞台になった様子はなかった。
訝しげる恵理奈と清吾の視線。
「あの奥です…」
その視線に気付いた警官。
自分の視線で。
鉄製の頑丈そうな扉を促した。
一歩、中に入ると。
確かに血の匂いに溢れていた。
その匂いに微かに眉を潜める清吾。
恵理奈は子猫の様に小さい鼻をヒクつかせていた。
証拠の採取に勤しむ鑑識員。
「ご苦労さん」
その鑑識員たちに先程、警官にかけた言葉と。
同じ言葉をかける清吾。
その言葉に顔を上げる鑑識員たち。
その中に朝方の鑑識員もいた。
「ご苦労様です」
その鑑識員が恵理奈と清吾に近づいてきた。
捜査本部経由で恵理奈たちを呼びだしたは。
他でもない、この鑑識員であった。
「同じ犯人だって?」
刑事らしい表情で尋ねる清吾。
「ええ…こっちの現場は綺麗ですが…犯人は九分九厘、同一犯ですね」
清吾に答え、視線を別の方向に滑らす鑑識員。
その視線の先には。
白とブルーの縦縞の制服を着た男が。
棚を背中にして床に座り込んでいた。
その胸元には両眼球を無くした双眸から。
血の涙を流した頭部がまさに首の皮一枚で垂れ下がっていた。