だがそれは哀徒にとって、初めから承知の介なことだった。ある程度スピードがついたところで、彼は床に体を投げ出し、足を前にして仰向けになる。背中で滑走しながら両足を斜め上に突き出し、大女の足元へと突っ込んでいった。
「なっ！」
またしても予期しなかった相手の行動に、大女は再び意表を突かれた。今度は対応が遅れ、哀徒の両足が自分の足に絡みつくのを許してしまう。
――よし、うまくいった！
哀徒は右足を相手の股間に差し入れた。体を右に捻って左足を右に持っていき、右足とあわせて相手の左足を挟みつける。さらに右手で相手の左足首をつかみ、両足をさらに深く差しこんだ。そのまま体を捻って大女を床に倒し、関節技で足を破壊して行動不能にするというのが彼のたくらみである。
「ぐっ……このガキ、猫被りやがって！」
だがやはり、人生はそう甘くなかった。大女は毒づきながら両手で哀徒の足をつかみ、信じがたいほどの怪力で引き剥がしてしまったのである。
「ああっ！」
「ふんっ！」
見かけ以上に強力な相手のパワーに驚愕する哀徒。続いて大女は強引に飛び上がり、哀徒の拘束から脱出した。が、無理な体勢でジャンプしたため空中でバランスを崩し、着地に失敗して四つんばいになってしまう。
「痛てっ！」
「うおおっ！」
それを見た哀徒は、先程と同じ要領で素早く立ち上がった。寝技から逃げられたのはショックだが、ここで固まっていては敗北決定である。まだ立ち上がり切らない大女に接近し、その脇腹めがけて膝蹴りを放った。
ドスッ！
「がっ！」
体重を乗せた一撃がヒットする。が、哀徒が期待したほどの手ごたえはなかった。命中する寸前で大女が自分から床に倒れ、衝撃の一部を逃がしたからである。
――くっ！
間髪を入れず、哀徒は倒れた相手を追撃しようとした。しかし仰向けになった大女が両足で哀徒を蹴るようにして牽制してきたため、やむなく一度下がって距離を取る。
「でやあっ！」
次の瞬間、哀徒は助走を付けてジャンプし、大女に飛びかかった。空中で体育座りのように足を折りたたんで大女の両足を飛び越し、落下しながら足を伸ばして相手の体を踏み付けようとする。
「死ねえっ！」
「ぐっ！」
大女は床を転がり、哀徒の足を避ける。着地した哀徒はさらに相手の頭を蹴り飛ばそうとしたが、手で防いだ大女にその足を掴まれてしまった。
「あ……」
「このおっ！」
「うああっ！」
大女が腕に力を込めると、哀徒は凄まじい力で空中に放り投げられた。そのまま彼の肉体は、元の場所から数メートル離れた床に落下する。かなりの衝撃を感じたものの、落ちる前に体を丸めていたため、頭を打つことだけはどうにか免れた。
「くお！」