アラサー冒険者 28
「……このッ、……痴れ者がッ、……この我にッ、……高貴なる我にッ、……よくもッ、……よくもッ……!!」
ひとこと叫ぶごとに、容赦のない平手打ちがランディの頬で弾けた。そして同時に、この屈辱的な仕打ちにも関わらずランディの泉もまた、ひとつ打たれるごとに新たな湧き水をしたたらせる。
「はあ、はあ、はあ……思い知ったか?」
肩で息をしながら、赤く腫れた彼女の顔を覗きこむ。
「犬は犬らしくしつけられねばならぬのだぞ?……理解したか?」
子爵の問いに、弱々しくうなずくランディ。
「そうであるか……そうかそうか、よーしよーし……」
うなずいた彼女に満足したのか、飼い犬を誉めるようなしぐさで彼女の頭をなでくりまわす。
「よーしいい子だ……なにか褒美をくれてやらぬとな?」
子爵はハーフ丈の外套のふところからなにかを取り出すと、抵抗する様子のないランディの首にそれを取り付ける。
「これでよし……飼い犬にふさわしい格好になったというわけであるな?」
じゃらり。
ランディの首筋から新たにつながれた細い銀の鎖の端が、子爵の左手に握られていた。
「さすがは犬の姫、よく似合うのう?」
それは、尖った鋼の鋲をあしらった、あざやかな朱色の革の首輪であった。
「ニンゲンノ キャク トイウノハ オマエカ?」
「カッテナマネ スルナラ カミコロス」
のっそりと大柄なオスのミノタウロスが2頭、たいまつを掲げて現れる。
「おお、新しい見張り役であるか……大義であるな」
彼らの姿を認めた子爵は、ランディの手首につながれた鉄の枷の鍵を右、それから左の順に外し始めた。
「カッテナコト スルナラ コロス!!」
「オオカミ キライ ニンゲンモット キライ!!」
突然の子爵の振る舞いにつかみかかろうとするミノタウロス。
「まあ待て下郎どもよ」
振りかざされた石斧にひるみもせず、子爵は振り返る。
「見よ……いましめを解かれてもこの犬姫、もはや抵抗する様子も無かろうが?」
「ム……ウ!?」
自信たっぷりな態度に気圧され、見張りどもの動きがとまる。
これがあの、対する相手を容赦なく噛み裂くと恐れられた人狼の姫の姿だろうか?
手首の鎖を外され、立っていられないのか両手を地面に突き、両ひざを立てて腰を支えている。
見上げる両目は今にも泣き出しそうなほどにうるみ、攻撃の意志がまるで感じられない。
足腰に力が入らぬらしく、時折ガクガクと痙攣がはしる。
その振動に合わせ、伏せられて垂れ下がる乳房もまた時折、ふるふると揺れるさまは扇情的であった。
四つん這いの体勢もあいまって、彼女はさながら淫らな欲望に心を奪われたスフィンクスのようなたたずまいである。
「イイダロウ」
「ダガ ニガスナラ オマエコロス」
「ニゲタラ イヌヒメ オカシテコロス」
あまりのランディの変貌ぶりにそう言いながら、2匹の見張りは数歩、後ろへ退がるのだった。
「ほぉっほほほ……そう来なくてはな?」
子爵はニヤリと歪んだ笑みを浮かべて、おとなしく引き下がった2匹を振り返りながら、
「そおれ、ゆくぞぉ〜?」
汚れてしまったハンカチーフを、四つん這いのランディの鼻先でヒラヒラ振って見せる。
汗と泥、ランディとオスウシの性臭の染み着いた布切れである。
「うホホッ、ソレッ」
子爵はくしゃくしゃと丸めたそれを、少し離れた床めがけて放り投げる。
火山灰を含んだ粘土質のみずたまりに、先程のギガの左腕の血が混じっている。
丸めたハンカチーフは、そこに転げ落ちて波紋を広げた。