アラサー冒険者 23
その彼女の頭の上すれすれを、飛来した粗末な投げ槍が空を切る。
牛どもの先制攻撃をやりすごしながら、シーマはリボンの端をそれぞれ、ダガーの柄の先にあるリングに結びつけた。
「ヨシッ!!」
彼女がその出来映えに満足の声を上げるのと、出来たばかりの得物を頭上で振り回し始めるのが同時だった。
ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・
リボンの先に結んだダガーが風を切る。
人ひとりぶんの身長ほどの半径で、シーマの頭上に円形の防御結界が出来上がる。
さらにもう片方の空いた手は、抜け目なく敵の放った短槍を拾い上げていた。
彼女の出身である砂漠地方の騎馬民族が好んで用いる武器を、即席で真似ただけのものだが、実物ほどではないにせよ、シーマのダガーの攻撃射程が飛躍的に伸びたといえる。
アンナがようやく目を覚ましたものの、かさ張る両手剣を部屋に置いて来ていてはあまり当てにできない。
マリアとスコルは宿の裏口へむかって駆け出してしまっている。
対して、相手は10匹を越えていた。
多勢に無勢を悟った彼女なりの工夫であった。
「フゴッ!!」
こん棒を構えたオスが躍り出るのを、シーマの放った短槍が刺し貫く。
「ヴゴァッ!!」
倒れた一匹を踏み台に飛び出したもう一匹の眼に、即席武器の先端が突き刺さる。
ヒュヒュヒュヒュヒュンッ!!
思わず顔を押さえてうずくまったソイツに、回転を早めたダガーの容赦ない連撃が加えられる。
むき出しの肩や背の肉を、結んだダガーが削り取って行く。
回転する刃の結界を怖れて、他のウシどもは攻撃をためらっているようだった。
しかも銀製の刃は人狼のみならず、ミノタウロスにとっても追加ダメージを与える・・・
(・・・あれ!?)
・・・はずだった。
硫黄泉。
温泉に入浴できるよろこびに、すっかり舞い上がっていたシーマたち一行である。
たまには日々のストレスや旅の疲れを忘れようと、先月から企画した道行きであったのだが。
ついでに、強い硫黄の成分が銀器にもたらす腐食効果をキレイさっぱり忘れていたのだ!!
「お、おいアンナッ、砥石ッ!!・・・砥ぉ石ィッ!!」
徐々に取り囲まれながらも、シーマは相方を振り返る。
「あっ、チョッ、まっ・・・ハイッ!!」
そこは阿吽の呼吸。ほどいた髪を乱しながらアンナが投げたものを、シーマは満面の笑顔でキャッチするのだった。
「ぃヨッシャアアア!!」
するのだったが。
瞬時に笑顔を泣き顔にかえたシーマは、思わず叫ばずにはいられなかった。
「…コレ老ぉ眼鏡ォォォォオオオ〜〜ッ!!!」
「…やぁだぁごォ免なさァァァア〜〜イ!!!」
ゴキンッ
バキンッ
温泉宿の周囲にこだまを響かせたふたりの絶叫は、棍棒の打撃によって途切れたのであった。
△▼△▼△▼
(・・・チクショウ)
やり場のない憤懣(ふんまん)が彼を満たしていた。
ミノタウロスのほこらの内部、生け捕りにした食用の家畜や、敵の虜囚を捕らえておくための牢として割り当てられた一画である。
『アラタナ メスドモノ コトハ オレタチニ マカセテクレレバ イイ』
格上の相手を敬うしぐさで頭を下げながら言った、仲間の言葉を思い出す。
『・・・オマエハ ソノメスノ ミハリ ガ オニアイダ』
『ヨワイオマエハ テイコウデキナイヤツノ アイテ シテテクレ』
お前など役立たずだ、足手まといだ。
あの虫野郎とつるんで、小うるさい長老たちを排除してくれたから、宿敵の人狼族を捕らえたから、格上扱いしてやってるだけだ。
おいてけぼりの自分に向けられた彼らの背中が、そう言ってると感じられてならないギガである。
彼らは皮肉たっぷりに言い捨てると、次の任務へと出向いたのであった。