死後の人生 1
彼を見下ろすのは青い空だった。
快晴に浮かぶ太陽は穏やかな光で街を包み人々の営みを照らしている。
けれども彼には暖かさなど感じられなかった。正しくは感じることができなくなっていた。
「起きたかの」
「ふへ!?」
予期せぬ声に跳び起きた。
その慌てふためいた様子に彼女は顔をしかめていた。
「だ……誰ですか?」
フリルだのリボンだのレースだのが目立つ黒のワンピースを着た彼女に見覚えがなかった。さらに130センチほどの背丈で瞳が赤いとなるとなおさら。
「わらわはアリス。魂の導き手じゃ。そちらが知る言葉では“悪魔”ということになるかの」
決まったとでも言いたげに長い金色の髪を払う彼女。
突拍子もないことを言われ彼の方は唖然としている。
「確か名は新堂直哉(しんどうなおや)じゃったかの。そちはここで死を選んだのじゃ。覚えておらんか?」
「俺がここで?」
言われて初めて屋上にいることに気付く。
高校2年生の時の冬。3学期が始まった始業式の日。1年生の初夏から始まったいじめはその日も変わらず行われた。
あと1年と少しの間こんなことが続くのかと思うと自然に足は屋上へ向かい……
「うむ。ここで、手首を切ったんじゃ」
「そうだ……思い出した……」
飛び降りるつもりが、3階建ての校舎の屋上は思いの外高くて足が竦み。
けれども生きていても辛いだけなので手首を切るという手段をとった。
「そうかそうか死ねたのかっ。それで悪魔のアリスさんが死後の世界に連れていってくれるわけですね? ふははっ、やった! やったぞ! 俺はもう自由なんだ!」
「いずれそうなろう。じゃが直ぐにというわけにはいかぬ」
「どうして!? こんな汚れた世界から早く解放してくれよっ。天国でも地獄でもどこにでも行くからさ」
「そち、授かった命を無下にしておいて願いが届くとでも思っておるのか?」
「そんなあ!? じゃあどうしろって言うんですか!?」
「100年ここにとどまること、以上じゃ」
「100年!?」
冗談のような話に開いた口が塞がらない。
半信半疑の彼の様子にアリスは先を思いやられた。
「死ぬ前に何を恨んだか覚えておろう?」
「もちろんだとも。いじめた奴らだ」
「その後じゃ」
「え……あっ」
いじめに関わったのは数人の男子。2年生になってクラスが変わっても参加者はいつも同じ顔。いじめという趣味を持った奴らがいじめるときに顔を合わせるという具合だった。
けれども彼から言わせれば、見て見ぬフリをするものも共犯。生徒はおろか、教師も含めみな彼の敵だった。
「クラスメートや先生。いじめの対策をしない学校、声を上げない生徒、この学校の全員を恨んだ……」
「うむ。じゃが、そのさらに後じゃ」
「さらに?」
日焼けし茶枯れた屋上の床に広がる鮮血。薄れ行く意識の中でそれを見ながら思ったのは世の中の理不尽さ。
いじめに走らせた奴らの性格が歪んだのは親の教育がなっていないからに違いない。子どもに構ってられず、間違って育っていることに気付いていないだろう。
親が子どもに構う暇がないのは生活をやりくりするためだったり自分のことにしか興味がなかったりするだろう。それだけ生活や心のゆとりを求めていると言える。
ゆとりを欲しがるのはゆとりがないからだ。じゃあゆとりがないのは何故? 世の中がそういう風にできてしまっているからだろう。
全ては社会が悪い。全ては世の中が悪い。全てはその風潮を変えようとしないみなが悪い。
「結果そちの恨みは分散してしまっての。誰かに対しての強い怨念があったならそやつに憑いて気晴らしができたじゃろうに。そちはそれがないがために“地縛霊”とならざるを得んのじゃ」
「なんだって!? じゃあ本当にここで100年過ごせっていうのか!?」
「なに、心配には及ばぬ。霊となった今腹も減らんし下の懸念も皆無。たまにわらわも話し相手になってやろうぞ」
「そんな心配してないからっ」
うむうむと鷹揚に頷くアリス。自分優しいと言いたげである。
「せっかく死んだっていうのに! こんなことなら最期の最期まであいつらを恨んでおけばよかった! 憑いて憑き殺してやれば……どうやって?」
ふと思い首を傾げる。そもそも憑いたり呪ったりするにはどうしたらいいのか霊のビギナーなのでよく分からない。
アリスはそれに気付き改まる。