メイド・ナイト・レジェンド 11
誰にしたものか…アナンも悩む。メイドの誰かを抱くのは初めてではなかった。
しかし、この逃避行中はその機会も無かった。
誰を指名するのかと、テルル、エクセレン、イリス、ヴィクトリア、ニア、アスティナ、レグリア、クリスタ、サーシャ達が、アナンを見つめている。
(断るべきか、それとも誰かを指名すべきか…?)
彼女たちを見回しながら、アナンも考え込む。
指名から漏れた娘も、後日輪番で抱くつもりではあるのだが…
じっと見つめられ、アナンも緊張したが、断を下した。
「ヴィクトリア、君にする」
「まあ!ありがとうございます!」
他のメイド達は残念がるが、彼女たちを見るアナンの目が済まなそうなのに気づき、何も言わなかった。
指名されたヴィクトリアは、指名されたのが意外だったらしく、眼鏡の奥の瞳を大きく開いて驚いている。
普段は凛としている眼鏡美人のヴィクトリアが、素で驚いている様を見て、アナンは彼女がこんなに可愛かったのかと内心ドキッとしていた。
指名されなかったメイド達は、それぞれ一礼すると自分のテントへ去っていった。
「あ、あの…ここまでの旅路で御身を汚され、お辛いことと存じます。私でよければお体を拭かせていただきたいのですが…」
「え、あ、ああ…そうだね。頼もう」
戦闘時は格好いいヴィクトリアだが、こういう世話は意外と慣れてない面があり、アナンを気遣っての申し出に、彼女の初々しさを感じた。
思わずくらっと来てしまいそうになるが、何とか応じた。
逃避行中、入浴の機会もなかった。それでもメイド達は不平を言わないで耐えていた。
その事にアナンも気づいていたが、今まで何もしてやれなかった。
今日は、寝る前に全身を拭いているだろう。
「本当は皆に入浴させてあげたいところだが、それもできなくて済まない。それに、君も…」
「いいんです。国家危急の時ですから」
「すまない。では頼む」
「それではお召し物を…」
アナンが服を脱ぐ。元々貴人のたしなみとして剣などの武芸も学んでおり、引き締まった体をしている。ヴィクトリアは彼が脱いだ服を丁寧にたたむと、持ってきていた水桶で拭き布を濡らしてから絞る。
工兵的な仕事を担当するメイド隊員もおり、手桶はヴィクトリアと彼女達で作った物だ。
服を脱いだアナンの背後で、ヴィクトリアは彼の背中を見て思った。
(この双肩に、私達の、いや国の命運を背負って…)
ふと、彼女の脳裏に自分の父親の姿がよぎる。
(父上の肩も、このように逞しかったな)
彼女の想念は、主の声で中断された。
「ヴィクトリア?」
「あ…お拭きいたします」
アナンの背中を見つめて、手が止まっていたので少し慌ててヴィクトリアは彼の背を拭き始めた。
いざ動き出すと、楚々とした丁寧な手つきでヴィクトリアの手が動く。
普段は凛としてクールな印象の強いヴィクトリアが、優しく丁寧に彼の背中を拭いている。
ゆっくりと、肌の上を濡れた手ぬぐいが動いていく。
ヴィクトリアに身を任せるように、アナンは黙って拭いてもらっていた。
「殿下、拭き加減はいかがでしょうか?」
「うん、これでいいよ」
「ありがとうございます」
「さすがだよ。初めてとは思えない」
侍女に世話される事には慣れっこなアナンだが、ヴィクトリアに拭いてもらったことは無かった。一口にメイドと言っても、それぞれ担当の作業が違うからだ。