だがそれより早く貝丞が右膝をオグロロの腹の上を通過させて馬乗りの体勢になる。殴られると思ったのかオグロロは両手を前に突き出して貝丞の動きを押さえようとした。
その腕を払いのけ両手で相手の肩を押さえた貝丞はゆっくりと体を前に倒し、キスでもするかのように顔と顔を近づけた。
観客がざわめき、オグロロも目を見開いた。だがもちろん貝丞にそういう趣味はない。左腕でオグロロの首を抱えると右肘をオグロロの首の（貝丞から見て）右に置く。
さらにオグロロの首の下をくぐらせた左手で右の肘の内側をつかむ。
最後に右の前腕（肘から先の部分）を素早くオグロロの喉に食い込ませた。もしかしたらルールで噛み付きが認められているかも知れないので、この動作だけは悠長はできない。
十分に前腕を顎の下に食い込ませると両腕でオグロロの首を挟みこむようにしてして喉仏を静かに圧迫した。やられると気道がふさがれて呼吸が止まる絞め方である。
貝丞の腕を外そうともがいていたオグロロの腕から次第に力が抜けていった。そう簡単にレフェリーが止めに来ないのは分かっているので相手が失神する時を慎重に見極めないといけない。
やがてオグロロの体から完全に力が抜け切った。
――どうやら意識がなくなったようだ。
今までの経験から大体落ちただろうと思ったので貝丞は絞めるのを止めた。
技を解いて立ち上がり、後ずさりながら距離を開ける。もちろん相手が死んだ振りをしている可能性もあるので反撃を警戒しながらである。だが、貝丞が完全に離れた後も相変わらずオグロロは動かないままだった。
かなり苦しかったはずなのだが、気持ち幸せそうな顔をしているのは仕様なのだろうか。
――さて、みんなどうするのかな？
とりあえず右の拳を上げて勝利宣言ぽい仕草をし、レ
フェリーや観客の反応を待った。
観客は静まり返っている。元々絞めているところが外から見えにくい技だったので、どうしてオグロロが倒れたままなのかさえよく分かっていないに違いない。

経験豊かであろうレフェリーは大体状況を理解しているようだったが自分の指示もなく勝手に攻撃を止めた貝丞の行動に戸惑っているらしい。
だが選手の一方が大の字になって倒れているのでは試合の続行を命じることはできない。レフェリーがとうとう貝丞に近寄り勝ち名乗りを上げる。
それを見てようやく観客も貝丞が勝ったのだと理解できたようだった。
賭けに負けた観客からブーイングの嵐が来ると思っていた貝丞だったが意外とそうでもなく、歓声と罵声が半々くらい上がっている。
よく見ると歓声を上げているのは大部分が女性なのだ
がその理由は貝丞の理解の範囲外だった。お辞儀をして歓声に応えるとまた観客が沸き立った。
――そろそろ対戦相手を起こすか・・・
貝丞がオグロロの方を見るとまだ失神したままだった。そこで活を入れて起こしてやろうと彼の方に足を向ける。