雰囲気からすると貝丞とオグロロの賭けの倍率がアナウンスされたようだ。きっとほとんどの人がオグロロに賭けてるんだろうな、と貝丞は思う。
そしてレフェリーが貝丞とオグロロを交互に指差して何か言った。「準備はいいか？」というくらいの意味だろうから小さくうなずいて見せる。続いてレフェリーが手を上げ、何か大声で叫んだ。試合開始の合図だ。観客から大きな歓声が上がる。
――この辺の段取りは日本と大して違わないな！
そんなことを考えながら貝丞は左右の拳を口の高さに上げてガードの構えを取った。
左足を前に置き、相手の動きに対応できるよう左右の膝を緩めたオーソドックスなスタイルだ。オグロロも両手を拳にして構え、貝丞に向かって接近してくる。
十分距離が縮まるまで貝丞は待った。オグロロが左足を大きく踏み込むと何か叫びながら貝丞の顔に左と右のパンチを続けざまに放つ。貝丞は膝の屈伸で体を左右に揺らしてこれをかわした。オグロロの右腕が戻り切らないうちに貝丞は左足で踏み込む。左の拳をオグロロのわき腹、肝臓の辺りに突き入れた。
「ふんっ！！」
観客から歓声が上がり、オグロロの顔が苦痛に歪んだ。
貝丞のリーチが短いのと手にグローブを着けていないのとで十分なダメージは与えられていないが、それでもオグロロは攻撃を続行せずに一度下がって距離を取った。
少しの間貝丞の周りを回っていたオグロロだったが気を取り直したのか再び突進を試みた。左足を踏み込んで今度は別のパンチを打とうとする。だが突進された貝丞は右に大きくステップして相手の勢いをいなすとオグロロがパンチを打つより早く左の回し蹴りを相手の左太腿の内側に叩き付けた。
「！！」
さすがに悲鳴は上げないがオグロロの動きが一瞬止まる。
その間にもう一発、今度は右の回し蹴りをオグロロの左足に叩き込んだ。
これ以上蹴られるのをいやがったのかオグロロは左足を引いて貝丞の方に向き直ろうとした。だがその瞬間貝丞は右足をオグロロの両足の間に踏み込んでタックルしていた。右胸を相手の右腰に密着させさらに残った左足を相手の右足の外側に進める。オグロロが気付いた時にはもう貝丞に両手で両膝を刈られ倒されるだけになっていた。こうなってはもはや体格差は関係ない。オグロロの巨体が地響きを立てて舞台の床に転がった。
観客の興奮振りは相当なものだった。１６０センチ強の人間が２メートルを越す大男を薙ぎ倒すシーンなど見た事がなかったのだろう。貝丞は倒したオグロロから少し離れ、その両足を自分の右に払いのけると相手から見て右側から覆いかぶさって押さえ込んだ。柔道で言う横四方固めだ。ちょっと休む。
――ここまでは順調だな・・・さてこれからどうするか？
しばらく何が起こっているのか理解できなかったらしいオグロロだったがようやく我に返ると両手で貝丞の体を押し返そうとした。