メロン・ワールド 84
「ここが、私達が普段仕事をする部屋よ」
「ここは、ラグーナ様がお客様を迎える部屋ね」
「ここは食堂ね」
メイリーンは貝丞を連れ、屋敷のいろいろな場所を案内していった。そのたびに貝丞はその部屋の様子をうかがっていく。図書室のような場所にはなかなか案内されなかったが、貝丞は特に催促をすることはなかった。よしんば今日は案内されなくても、いずれ分かるはずだ。焦る必要は無い。
「次はこの部屋よ。入って」
「はいっ」
そしてメイリーンに促されるまま、新しい部屋に入る。一歩足を踏み入れた途端、貝丞は疑念を覚えた。
「??」
日本式に言えば、広さは四畳半もない場所だった。中には小さな机が1つ、それを挟んで椅子が2つあるだけで、他には何もない。何のための部屋なのだろうか。
「ここは……?」
「さあ、座って」
貝丞の後から部屋に入ってドアを閉めたメイリーンが、着席を促す。とりあえず、言われた通りに座ることにした。
「はあ……じゃあ失礼して……」
メイリーンは向かい側に座った。そしてずい、と顔を近づける。
貝丞は反射的に体を反らして避けたが、メイリーンはそれには構わず言った。
「いきなりごめんなさいね。貝丞君に聞きたいことがあるんだけど、いいかしら……?」
――来たか……
まあ当然だな、貝丞は内心で思った。いくら領主本人が引っ張ってきたとはいえ、どこの馬の骨とも知れない少年が領主の屋敷でいきなり働くというのは、簡単には認められないだろう。領主の秘書として、貝丞がどこから来たか、今まで何をしていたのかぐらいは確かめておきたいに違いない。
深く突っ込まれたら、別の世界から来たことは言うしかないなと貝丞は思った。この世界での経歴を即興で捏造できるような知識は、自分にはない。
「ふう……」
貝丞は覚悟を決めると、一息吐いてからメイリーンの目を見て言った。
「かしこまりました。何なりとお聞きください」
「それじゃ遠慮なく聞くわね。あなたとラグーナ様って、どんな御関係なのかしら?」
――ん……?
予想していたのと違う質問が来て、貝丞は戸惑った。
だが、特におかしい話ではない。貝丞の出自よりも、どうやってラグーナに雇われることになったか、その経緯について聞きたいのだろう。
「ああ、それはですね……」
雇われた経緯なら、不自然さを出さずに説明できる。貝丞は話し始めた。
「この町にはつい先日来たばかりでして……伯爵にも、お目にかかったことはありませんでした。それがメイリーンさんも知っての通り、ひょんなことからミュラ様と試合をさせていただくことになりました。力及ばず見事に負けましたが、伯爵にはお目に止めていただいたようで……」
「うーん、そうじゃなくてね」
「え……?」
メイリーンの不満そうな顔に、貝丞は戸惑った。どうやって雇われたか聞きたいのではないのか。
「と、言いますと……?」
「単刀直入に聞くわね。ラグーナ様と男女の関係なの?」
「……え?」
「だから、ラグーナ様とセックスしたの?」
「え!?」
貝丞は動揺した。メイリーンは貝丞とラグーナ達の、本当の関係に気付いているのだろうか。
それとも、少々たちの悪い性格で、新参者をからかって遊んでいるだけなのか。
どちらにしても、貝丞の奴隷だというのが明るみに出たらラグーナ達の立場がなくなる。ここは誤魔化さないといけない。それにはまず、メイリーンがどこまで情報を掴んでいるのか、それを探ることだ。
「……いけませんね、メイリーンさん」
「ん?」
「新参者の俺をからかうのは構いません。しかし、伯爵の秘書ともあろうお方が伯爵をおとしめるような話をでっち上げるとは……お立場をわきまえてください」
あえて上から言ってみる貝丞。からかって遊んでいるだけなら、これ以上は言ってこないはずだと思った。
だが、メイリーンは微笑んで言う。
「あら、でっち上げじゃないわよ」
「え……?」
「私見ちゃったんだけどね、貝丞君、奥屋敷に運ばれて行ったでしょう?」
「そ、それが何か……?」
「ラグーナ様が伯爵位を継いでから、あそこは男子禁制なのよ。そこに気絶した貝丞君が入って行くじゃない。嬉しそうなラグーナ様とミュラ様に抱えられてね。何かあったんじゃないかと思うんだけど、どうかしら?」
「うーん……」
貝丞は考え込んだ。そういうことか。確かにそれでは、疑われても仕方ないかも知れない。
一体どうやって切り抜けようか。額に脂汗がにじんだ。
――そう言えば……
かつて、長州藩の高杉晋作は英・仏・米・蘭、4か国との戦争に負けて領土を要求されたとき、突如日本の歴史を語り出して相手を煙に巻き、うやむやにしたという。
――俺も高杉晋作にならい、何の脈絡もなく平家物語でも語り出してうやむやにするか……
だが、それには3つの問題があった。
第一に平家物語につきものの琵琶がここにない。第二に貝丞の今の語学力では、あの諸行無常の世界を表現し切れるか不安がつきまとう。
そして第三に、どんな形であっても、はぐらかされたと相手が感じれば疑惑を晴らすことはできず、逆に深めてしまうことだろう。問題の先送りにしかならない。
――これは、駄目だな。
貝丞は平家物語を断念した。少々ハードルは高いが、何かそれらしい説明をでっち上げてメイリーンを納得させる以外にない。
「…………」
少しうつむいて思案した後、貝丞は顔を上げて話し出した。
「メイリーンさん、そのことでしたら誤解というものです。俺は今まで、奥屋敷で治療を受けていたんです」
「治療?」
「はい。ミュラ様の最後の一撃がこう、顔に入りまして……」
貝丞は拳で自分の顔を突き上げる仕草をした。さらに続ける。