僕の侍女はどこにいるの? 92
「英雄だなんてやめてよ。ぼくはただの人間なんだから」
「わかってないのね?あなたはこの魔界を救ったのよ?
もっと堂々としてもいいと思うわよ?」
心外だと言わんばかりの様子のミュレリア。
魔王でありながらずいぶん気安い言葉遣いになっているのは、3日間の交わりでそれだけ打ち解けたということだろう。
「魔界を救った?」
「ええ。私が子供を産まなければ、いつか私が死んだとき、魔王の座を狙って内乱が起こるのは目に見えてた。
あなたは私を孕ませることで、それを回避したのよ」
「ぼくはそんなつもりで君を抱いたんじゃないよ。
ミュレリアはそんなことのためにぼくにだかれたの?」
「まさか」
ミュレリアが即座に否定し、リスペクトは思わず笑ってしまう。
ミュレリアも同じように。
「・・・やっぱり人間界に帰ってしまうの?」
ひとしきり笑った後、ミュレリアが悲しげな表情でリスペクトに問うた。
「・・・うん。明日帰るよ」
「そう・・・残念だわ。
できることならあなたにはいつまでもここにいてほしいのだけど・・・」
もちろんそれができないことはミュレリアもわかっている。
だけどそれでも言わずにはいられなかった。
それは自分の望みをかなえてくれた男への、大魔王としてではない、ただの1人の女としての言葉であった。
「・・・ダメだよ。君には君の役目があるように、ぼくにはぼくの役目がある。
それを捨てて幸せになることなんてできない」
それは人間界に残してきた妻と子供たちのことばかりではない。
今、こうしている間にも誰かに苦しめられている人たちがいる。
そんな人たちを助けたい。
それがリスペクトが魔導士を目指した理由であり、幼い頃からの夢であった。
「そう・・・そうよね。ごめんなさい、わがままを言って」
「ううん、謝るのはぼくのほうだよ。
ゴメンね、ミュレリア。一緒にいてあげられなくて」
「仕方ないわよ。私が大魔王である以上、ここから離れられないし、あなただって奥さんたちのことが気になるでしょう?」
そう微笑みながら言うミュレリアはとても痛々しくて。
だからリスペクトは何も言わずに彼女をきつく抱きしめた。
「ちょっ・・・リスペクト!?いきなり何を・・・!?」
「いいんだ、ミュレリア」
「え・・・?」
「今だけは自分に正直になって。全部、ぼくが悪いんだから」
「な、何言って・・・!私に不満なんてあるわけ・・・!」
しかし言葉とは裏腹にミュレリアの瞳からは涙がポロポロと流れ出す。
「ゴメンね、ミュレリア。本当に、ゴメン・・・」