グラディエイター 29
あんな汚らわしい連中がどうなろうと知ったことではないが、こう言えばアルトはそこに行けなくなると知っているのだ。
そして逃げ場を失い、追い詰められた獲物はハンターにしとめられるのを待つだけである。
「・・・うん・・・」
そしてついに獲物のアルトは屈した。
勝利を確信したノティムは、待ちに待った言葉に妖艶に微笑むと獲物を巣に運ぶべく、できるだけ優しく声をかける。
「ではアルト様?もしよければ私の部屋にいらっしゃいませんか?
ちょうど私、休憩しようと思っていたところですからゆっくりできますよ?」
「・・・はい。よろしくお願いします」
まだ未練があるのか、どことなく悲しそうに。
この先の展開を悟ったのか、何かあきらめたように。
アルトは彼女の軍門に下ることにした。
この後彼女に襲われることは目に見えているが、言葉で追い詰めてくる分、まだマシなほうだ。
ひどい連中になると、問答無用でアルトを拉致して乱交パーティを開くようなヤツもいる。
ノティムは独占欲が強い・・・というか、アルトと恋人気分を味わいたがるタイプだから、ひどいことはしないだろう。
(ああ、さようなら、ボクの安らかな時間・・・。
お母さん、お姉ちゃん、身体に気をつけてね・・・)
「それじゃ行きましょうか、アルト様?
時間がもったいないですしねっ♪」
「うん・・・。そうだね・・・」
もはや悟りを開いた賢者のような面持ちでその場を後にするアルト。
これ以上ひどいことになりませんようにと、今日の逃亡者は連行されていくのであった。
…『私の部屋』と言っても、メイドであるノティムの部屋は相部屋だ。
個室が貰えるのは、一部高級士官と機士のみ…
特に機士の部屋は、クリスでなくとも広く豪華になっている。
彼らの身分は、この飛空艇の艦長より高く、幼いアルトですらこの飛空艇全員の指揮権があるから当然の待遇だが、殆ど平民と変わらない下級貴族出身のアルトにとって、あまり居心地のよい場ではなかった。
それ以外にも、秘書として女性士官を専属にしたり、メイドを専属にしたりと言う特権もある。
だが、アルトは慣れないせいか、誰も専属にしていない。
ノティムの望みは、アルトの専属メイドになる事のようだが、そんな事をすれば安らぎの時間がなくなる事必至なので逃げ回っていたのである。
(ううっ…ノティムの部屋、誰か居ますように…)
だけに二人きりが苦手なアルトとしては、そう願わざるを得ない。
上機嫌のノティムの横で周囲を見渡し、兄のジョアンでもいないか探すが、こう言う時に限って普段飛空艇内を徘徊している兄は現れないのだ。