元隷属の大魔導師 10
ノークの手の下でジタバタとするデルマーノは余りにも不憫だ。
「しかし、コイツは…その娘に何かしたのじゃろう?」
「いえ、これは姫様が…」
「何よ!奴隷が王族に触れるなんて……本当だったら極刑よっ、極刑!」
エリーゼはデルマーノが地に顔を押し付けられているため話せないのを好いことに、好き勝手喚いた。
「……なるほど。儂はてっきりデルマーノが人助けと言って暴れたのじゃと思っとったのじゃが……」
ノークはデルマーノの頭から手を放した。
「ペッ……よくもジジイ、テメェ!この野郎っ!」
口に入った土を吐き出すとデルマーノはとても文明的とは言えない文句をノークへ言う。
丁度その時、デルマーノの飼い竜アルゴが木々の間から姿を現した。
「いやぁっ…」
エリーゼが悲鳴をあげるのも無理はない。このドラゴンの存在を知らず、さらにアルゴの口の回りには血糊がべったりと付いていたからだ。
「……デルマーノ、お前…まさか?」
「はんっ…安心しろ、ジジイ。喰わせたのは死んでた奴だけだ」
「……人か?」
「…人と馬だったな。もしかしたら亜人かもしれねぇが…」
「かぁ〜……この馬鹿者っ。人の味を覚えさせるな!アルゴが人を襲ったら、どうするつもりじゃっ?」
「アルゴはそんなことはしねぇし、万一したら俺が手を下す。問題ねえ…」
デルマーノはアルゴの口を手拭いで綺麗に拭いた。アリアはその手拭いが先程、デルマーノから借り顔を拭いた物だと気付き、複雑な気持ちになる。
「姫、騎士殿。もう日も暮れるじゃろう。今日は儂の家に泊まっていきなさい…」
たしかにすでに日も傾いており、どこかも分からない森でエリーゼを野宿させる訳にもいかないので老人の提案をアリアは受けた。
デルマーノは明らかに顔を歪めたし、エリーゼもアリアに文句を言う。奴隷出身のデルマーノが相当、お気に召さないようだ。
なんとかアリアはエリーゼを説得するとノークにお世話になりますと頭を下げた。
「ふむ、貴女方はそのドラゴンに乗って来るのがよかろう。デルマーノ、お前は飛べ…」
「あん?俺が鞍に乗ってそいつ等が右足と左足じゃねぇのかよっ?」
「……はぁ、お前は少しは婦女子に気を使う事を覚えろ…」
デルマーノは文句を言い続けるが、ノークの意見に従う。この師弟関係は初見程、険悪ではなさそうだ。
空高く羽ばたいたドラゴンの背中でアリアとエリーゼは夕日を眺めていた。
「わぁ……」
エリーゼは遠くの山々まで見えるその景色に感嘆する。
空の散歩が二度目のアリアですら疲れも忘れ、心が弾むのだからしょうがない事だ。
「…今朝から……何週間も経った気がするわ…」
「そうですね。いろいろとありましたから…」
「私の為に…王国の騎士が八人も亡くなってしまった……」
視線を膝の上に落とし、悲しそうに呟くエリーゼ。彼女が人一倍、責任感が強く自己嫌悪に陥りやすい事を思い出したアリアは慰めの言葉をかける。