元隷属の大魔導師 9
肩を震わし先程までと同じ様な笑い声を上げる。背を向けている為、表情は見れなかった。
「アリア、無事だったのね?良かったぁ〜…私、すごく心配したんだから!」
「……はい、姫様こそ…よくご無事で」
「あの後、大変だったのよ!追い付かれそうになったら、オーガが出てきて………」
エリーゼはアリアの背に手を回し喜び、今までの体験を話している。しかし、アリアはエリーゼの話しに相槌を打つも、単純には喜べなかった。
(私だって……奴隷に偏見が無いわけではない…できれば関わりたくないと思っていたのに…)
奴隷制が撤廃された今でも確実に差別は存在しており、アリアの考え方は口には出来ないものの、貴族や騎士達の間では至って普通である。
(だけど……デルマーノには、そう思えない。考えているとも思われたくはない…)
混乱するアリアは口笛でアルゴを呼ぶデルマーノを見つめる。
ドスッッ!
すると突然、空から落ちてきた何かにデルマーノは吹き飛ばされた。
「あっ!デルマーノッ!」
上手く受け身を取ったデルマーノはアリアの悲鳴を無視し、キッと落ちてきたモノを睨む。
「こんの、クソジジイ!何、しやがんだっ!」
「こっちの台詞じゃ、馬鹿者。森を無闇に消し飛ばすなと何度言ったらわかる」
落ちてきたのは紫のマントを羽織った老人だった。面長の顔にはシワが刻まれている。
手には身の丈ほどもある杖が握られていた。
「人助けだ、仕方ねぇだろ?」
「ふむ、ならば仕方が――人助け、お前がかっ?」
「ああ」
自分たちを指差しデルマーノは驚愕する老人に言う。
老人は二人を上から下までじっくりと見ると、溜め息を吐いた。
「弟子が迷惑を掛けたようじゃな、申し訳ない。儂の名はノーク、怪我などは儂が治そう。それで償えるとは思わんが」
「いや、あの…」
口ごもるアリアに本当に済まなそうな顔で頭を下げる。
「七つのコイツを引き取ってから十四年。常識や倫理やら教え続けたのじゃが、身に付かん。コイツの悪行はこの老人の罪。どうか、どうかご容赦を…」
「ジジイ、黙ってりゃペラペラと……生い先短いその人生、俺が終わらせてやろうかっ!」
膝を地につき、頭を下げる師へその弟子が文句を言おうと近付いた瞬間…
ヒュッ……ドシャ…
アリアからは死角になる辺りでノークは地に沿って杖を振り、デルマーノの足を払うと、そのまま彼の頭を地に押さえつけた。
「馬鹿弟子がっ!少しは反省せんかっ。こんなに少女を怯えさせおって…何をしたっ?」
その言葉でようやく、アリアは理解した。ノークの言った少女とは恐らくエリーゼの事だろう。今、エリーゼはデルマーノへ奴隷嫌悪の視線を向けている。目の大きなエリーゼのそれは怯えている、とこの老魔導師に勘違いさせたのだ。
「あの、お爺さん…違うのです。実は……」
アリアは自分達の身分と男達に襲われてからの事の顛末をノークに説明した。
「ふむ、シュナイツ王家の者じゃったか……」
「ですから…デルマーノを放してあげて下さい」