元隷属の大魔導師 70
周りから見れば勝ち気な貴族の娘と大人しい宮廷魔導師の青年が痴話喧嘩をしているようにしか見えないだろう。
ドラゴンの登場である種の緊張が漂っていた王宮入口はその搭乗者の退場と共に平穏を取り戻した。
まだ開始時刻まで一時間程あるというのに、すでにガヤガヤと騒がしいホールへデルマーノ達は訪れた。
未だ膨れるアリアにデルマーノは辺りを気にしながら耳打ちする。
「実はな………宰相のトードレルっていんだろ?」
「?……ええ、もちろん知っているわ」
シュナイツ王国、宰相トードレル・レビュー。
三十過ぎの若さで文官のトップへと上り詰めた天才だ。
「まぁ、ジジイの付き添いで何度か茶をしたんだが、そん時にソイツに頼まれてな」
「?………何を?」
「今日、アルゴで来る事や光魔導で会場を警戒すん事だよ」
「っ!」
アリアは目を見開いてデルマーノを見つめる。
「アルゴで来たのは宮廷魔導師を含めた文官の力を誇示すん為。会場の警備は……まぁ、保険だわな」
「そうだったの………デルマーノ、ごめん」
「何がだ?」
「私、そうとは知らず、不機嫌になって……その…ちょっとした理由で……」
デルマーノを両親に紹介するという『ちょっとした理由』を言うのにアリアは頬を赤くした。
「ヒッヒッ……別に気にしてねぇよ」
その言葉にほっ、としたアリアはふと気になった事を尋ねてみる。
「……ねぇ、なんでそれを私に話したの?よく分からないけど秘密でしょ、それって?」
「?……おかしな事を言うな、お前は。何でも話してくれっつったのはアリアだろ?」
確かに以前、言った。
しかし、宰相との密談まで話してくれるとは……。そのデルマーノの自分への信頼にアリアは頬をほころばせた。
「ああ、それと……」
「……?」
「そのドレス、素晴らしく似合ってんぞ。イッヒッヒッ……」
そう言って貰う為に着飾ったのだがいざ、言われてみると身体の芯まで火照ってしまう。顔は耳まで真っ赤になっている事だろう。
「ちょっと二人でこそこそと………あれ?……アリアッ…アリアッ!」
フローラはそんなアリアをゆさゆさ、と揺さぶるのであった。
タ〜タッタッタ♪
タ〜〜タッタ♪
数千人が入る事が出来るであろう広大にホールに軽快な舞踏曲が響き渡る。
ホール中央では何十組もの男女が音楽に合わせ、踊っていた。
そんなホールのバルコニーの一つに二組の男女が向かい合わせに座っていた。
「父上……こちらが近衛魔導師隊々長デルマーノです」
「お初にお目にかかります。デルマーノです。よろしくお願いします」
デルマーノは立ち上がり、向かいに座る初老の男性にキッ、とお辞儀をする。
アリアの父、グラノはふむ、と鼻の下の髭を撫でた。
「噂は聞いているよ。まぁ、あまり良いモノではないがね?」
「……申し訳ありません」
デルマーノは真面目な宮廷魔導師を演じ続ける。
「しかし……しかしだ。噂は所詮、噂であって真実ではない」