元隷属の大魔導師 66
ヘルシオの頬を何度か叩き、反応が無い事をヨーゼフの秘書官、ヴィッツが告げた。
「そう、ですか。加減を間違えましたかね?すみません、ヴィッツ君……足を持ってもらえますか?介抱したいので……」
「は、はい」
デルマーノが肩を、ヴィッツが足を持ち、鍛練場の端へとヘルシオを運んだ。
床に寝かせるとヘルシオはうぅん……と苦しそうに呻いた。
「……ヘルシオ君、大丈夫?」
フローラが駆けより、心配顔でデルマーノに尋ねる。
「ええ、すぐに目を覚ましますよ」
「よかったぁ……」
(………昨日、別れた後……二人に何かあったのか?)
大袈裟な程心配し、安堵の溜め息を吐くフローラを見てデルマーノはそう、勘ぐった。
そして野暮ったい考えをした己を密かに苦笑する。
「デルマーノ……」
そこへアリアとエーデルもやって来た。
辺りを見ると取り巻いていた観衆は解散し、各自の訓練を開始している。
「ああ、大丈夫ですよ。心配はいりません」
エーデルやヴィッツがいる為、デルマーノは慇懃に言った。
「そう、良かったわ。初日から大怪我したらヘルシオ君、可哀相だもの……」
そう言ったアリアの横でエーデルは思いつめた表情でデルマーノを見つめる。
「…………何か?」
それに気が付いたデルマーノが尋ねた。
「………デルマーノ隊長。一武芸者としてお願いしたのですが……手合わせをして頂けませんか?」
「?……ええ、構いませんが」
「「っ?」」
そこに集まった一同の間に緊張が走る。
デルマーノとエーデル、どちらが強いのだろう。
その疑問はアリアやフローラも抱いてはいた。その答えが今、出ようとしているのだ。
「そうですか。ありがとうございます」
では、とヘルシオの持っていた木剣を手に取るエーデル。
「た、隊長……少し、失礼します」
とんとん拍子で話が進んでいく中、対応が追いつかないアリアはデルマーノを引っ張り、鍛練場の隅へと連れて行った。
「?……何だ?」
「何だじゃないわ。何、考えているのよっ?」
「別に命懸けて決闘って訳じゃねぇし……」
「それでもよ!近衛隊々長同士がそんな軽々しく剣を合わせるなんて……」
「あっ、そうか……」
今更ながらデルマーノは事の重大さに気が付いたようである。
隊長同士が試合ということは隊の面子を背負って、という事だ。
「参ったな……俺ゃ、負けた方が良いのか?」
デルマーノは困った様に頭を数度、掻いた。
「う、ん……どうだろ。わざと負けたら、多分、隊長なら分かっちゃうかも……」
「はっ……なら、やることは変わらねぇ。本気でやるだけだ」
デルマーノはそう言うとぶらぶら、と木剣を揺さぶりながらエーデルの元へと歩いていく。
「ちょっ、デルマーノ……もうっ」
アリアは諦めた。
よく考えたらこの二人を止めることが自分に出来る訳がない。