元隷属の大魔導師 65
しかし、デルマーノと模擬戦を行った事のあるアリアは分かる。
ヘルシオの剣の腕は決して悪くはない。今、見物している近衛騎士達の中でも彼に勝てる者は僅かだろう。
そのヘルシオを圧倒するデルマーノが強すぎるのだ。
今もまた、ヘルシオはデルマーノに剣を弾かれ、距離をとった。
「はぁ……はぁ…はぁ……」
「……終わりですか?」
「……っ!まだまだっ!」
息を荒げたヘルシオが余裕の表情のデルマーノへと向かっていく。
皆が見入るのも仕方がない。それ程の内容を二人の行う模擬戦は含んでいるのだ。
ヘルシオがターセル流の正眼の構えをとっている。
それに対しデルマーノは剣を中段斜めに構えていた。これはシュナイツ王国を含むカルタラ同盟国家群の国々で広く取り入られている剣術の構えだ。
これにアリアは違和感を覚えた。
以前、デルマーノを訓練に付き合わせた時、彼は決まった構えをせず、所謂、無手と呼ばれる構えであったはずである。
それを今はシュナイツ王国の正規剣術でヘルシオに対峙していた。
その事にアリアは引っかかったのだが直ぐに答えを悟る。
(態度と同じで、剣技も猫を被るのね……なんと、器用な…)
デルマーノに半ば呆れつつも感心していたアリアはふ、と観客を見回した。
すると、視界の隅にエーデルを捉える。
エーデルは他の者達と同じように二人の魔導師が繰り出す剣舞に見入っていた。
アリアは見物人の邪魔にならぬよう身を屈め、エーデルへと近付く。
「…………隊長…」
「っ!アリアさん……おはようございます」
「はい、おはようございます。それで、その………見ていて良いのでしょうか?」
「ええ、たまには良いでしょう。初めは解散させようと思っていましたが、いつの間にか私も彼らの剣術に魅了されてました」
そう言うとエーデルはふふっ、と笑った。
「それに……魔導師の彼等にここまでの剣技を見せられたら皆、奮起するでしょう?」
「まぁ、そうですね。デルマーノ達、魔導師に負けていられませんから……」
そこまで言うと二人は沈黙し、再び魔導師達へと目を移す。
ヘルシオが踏み込み、上段から木剣を振り下ろした。
それをデルマーノは半歩、退くことでかわすと、次の瞬間、重心を限りなく低くし、跳ね上がるような突きを打つ。
ヘルシオは防御しようと剣を上げるが間に合わず、左肩に一撃を食らった。
ドンッ!……
その鈍い音に観客の幾人かは顔をしかめる。
もしデルマーノが手にしていたのが木剣ではなく本物のショートソードであったらヘルシオの左肩から心臓に掛け致命傷を負わしていたであろう。
ヘルシオの身体は浮かび、観衆へと飛び込んだ。
「きゃっ」
「ぅわ……」
数人の観客を巻き込み、ヘルシオは勢いを止めた。
「……大丈夫ですかっ?」
デルマーノは心配そうに弟弟子に駆け寄る。
しかし、未だに慇懃な仮面を取っていない。まだまだ、余裕があるのだろう。
「ダメ、です。の、伸びてます」