元隷属の大魔導師 58
「そうか……あぁ、疲れた」
「お疲れ様」
アリアは木製のコップにいれた水をデルマーノに渡す。
受け取ったデルマーノは喉を鳴らし、一気に飲み干した。
「んじゃ、俺達も帰るか?」
「ええ♪」
デルマーノは一度、伸びをして立ち上がると扉へと向かっていった。
アリアもそれについていく。
「デルッ!」
扉を開けるとリーサが待ち構えたようにデルマーノへ飛び付いた。
「っと………元気だな。うしっ」
デルマーノはリーサを抱えると床に下ろす。
部屋を見回したデルマーノの目に冷ややか視線の少女が飛び込んできた。
「よお、ローザ。来てたのか?」
「ふんっ……あんたが妹に手を出さないか見張るためよ」
それだけ言うとローザはそっぽを向いた。
「イヒッ……可愛くねぇ女」
「……結構っ」
在らぬ方を見ながらローザは言葉を返す。
仲が良かったのではないのか。
先のラインバルトの発言とは正反対の二人にアリアは当惑する。
「じゃあ、俺らは帰っから」
「え〜……もうちょっと、良いじゃん〜」
デルマーノのマントの裾を引っ張り、駄々をこねるリーサ。
本当にデルマーノの事が好きなのだろう。
「あ〜……また来っから、な?」
「うぅ〜…」
唸るリーサをデルマーノは優しく撫でた。
彼は粗暴だが、基本的に優しい。特に自分へ悪意を持たない者には絶対の庇護性を見せる。
リーサをあやすデルマーノの背中を見てアリアはそう思った。
ヤフー街を出る頃には太陽は傾き、ディーネの街を赤く染めていた。
アリアはデルマーノの左腕に肩を抱かれゆっくりとディーネの中心街へと向かっていた。
こうして彼の腕に抱かれていると身体が火照る。
そういえば近頃、デルマーノとしていなかった。
欲求不満である。
アリアは己の内に湧き上がる欲望を強く感じた。
チラリ、とデルマーノの顔を覗くと丁度、こちらを向いていた彼の目と交錯する。
「………なんだ?」
「う……あの、ね……その………」
咄嗟に目線を下にやったが、未だにデルマーノの視線を感じる。
自分が今、思っていた事を口に出来るわけもなく、しどろもどろとしてしまった。
様子を探るように上目遣いでアリアはデルマーノを見上げる。
そこにはこちらを見つめる二つの黒い眼があった。それは優しさを内用している。
ニヤリ、とデルマーノは笑った。
「イヒッ……アリア。俺ゃ、お前を今夜、家に帰したくねぇんだが……いいか?」
彼の直接的な誘い文句にアリアは耳まで朱に染めた。
アリアは精一杯、淑女に見えるように一瞬、迷うフリをする。
そして、小さく頷いた。
「ヒッヒッ……んじゃ、いつもの宿に行くか?」
デルマーノは彼女が断らないだろう事を分かっていたように笑うと、自分達が行為に及ぶ時に行く宿へと足を向ける。
「……うん…」
アリアはか細い声で肯定の意を示した。
「それでは、一泊……」
「銀貨十七枚な」
「はい。ごゆっくりどうぞ……」