元隷属の大魔導師 53
成る程、ヘルシオはノークの弟子、とういう事か。
「ちょっと……紫水晶様をこんな近くでみれるなんて…感激ね!来て良かったぁ…」
ノークが去った後、フローラはアリアに耳打ちした。
確かに自分達の世代にとって、ノークは伝説の登場人物である。フローラの感動を分からない事もない。
かく言うアリアも未だにノークを前にすると緊張してしまう。
(そのノーク殿を『ジジイ』呼ばわりするのは世界広しと言え、彼だけでしょうね)
アリアは愛しい男の名を胸の内で呼んだ。
「休みにここに来るってのも……暇、だねぇ…」
応接間に着いた二人への第一声はデルマーノのそのような言葉だった。
「やっぱり……こっちが、素なの?」
「…だからっ…そう言ったじゃない…」
フローラはこそり、とアリアに呟いた。アリアも同じ程度の大きさの声で答える。
「ふんっ……素、つーよりかぁ俺自身だな、正しく言やぁな」
デルマーノはテーブルに足を乗せ、レベッカの持ってきた焼き菓子を咀嚼しながら、言った。
熟練の魔導師である彼に同じ空間で聞かれないよう話す事は出来ない。風の精が音を運ぶからだ。
学生の頃、対魔の授業でアリア達はそう、習った。
「えっ、と……確か近衛騎士隊の方、だったか?」
同席するもう一人の魔導師が口を開いた。
「はいっ、そうですっ。ヒルツ王子!」
フローラが元気良く、答える。元王族を前にした為、テンションが暴走しているのだ。
「いや、今はもう……ヒルツではない。ヘルシオだ。私は既に王族ではないし、年齢も同じくらいなのだから、敬語でなくていい」
ヘルシオは表情を変えず、言った。
しかし、いくらもう王族ではないとは言え、タメ口で話して良いものかアリアは悩む。
「了解っ!私、フローラ。よろしくね♪」
「フローラ…貴女……」
フローラの適応の速さにアリアは半ば、呆れ気味になった。
「ヒッヒッヒッ……ヘルシオ、こっちはアリアだ。アリア・アルマニエ」
「ほう、アルマニエと言えばあの『シュナイツの鷹』アルマニエ侯爵家か?」
「そう、そう。それだ」
「武功名高いアルマニエ侯爵家の方とお会いできるとは……光栄だ」
「イッヒッヒッ!お前が言うかっ?」
自分が元王族なのを無視したヘルシオのその言葉にデルマーノは大笑いをする。
「……で、何しに来たんだ?」
一頻り笑うとデルマーノはアリア達に問うた。
「特に用は………」
「いやぁ……暇だったからさ、遊びに来たんだよ」
フローラはアリアの台詞に被せて、言った。
実際、そうなのだが少しは飾って言っては?、とアリアは思う。
「それで、街にお出掛けしない?ヘルシオ君はディーネの街、初めてでしょ?」
「ああ、そうだが……」
ヘルシオは迷った目でデルマーノを見た。
デルマーノは一度、頷くと言う。
「そうだな……どうせ、今日はヘルシオにディーネを案内するつもりだったし……男二人よりかぁ、マシだわな」
デルマーノは紅茶を喉に流し込むと、ヒッヒッ…、と笑った。