元隷属の大魔導師 40
「ふんっ……例え成竜と言えど、ワイバーンに速さで勝つことは出来ぬよ…」
デルマーノを追う翼竜騎士はそう、呟いた。
『火力』のないワイバーンだが、『速さ』の勝負なら如何なる幻獣をも圧倒する。
「仲間の命の代価……貴様の首では、足らんなぁっ!」
自身の駆る翼竜の如く、彼は吠えた。
後、一分も待たずに追いつくだろう。それで決着がつく。
その時……
先を行く黒竜の影が歪んだ。
「何だっ?」
彼は本能的にワイバーンを旋回させ、その歪みを避ける。
頭上を高速で『何か』が通過した。
「なっ……」
それは一メートル程の細長い円錐形をした氷柱である。
回避行動を起こさなかった仲間が四人、地へと落ちていった。
「や、奴は……魔導師、なのか?」
その『奴』を見ようと前方を見た時、いるべき方向に『奴』はいない。見失った。
警戒し、辺りを見回そうとした、その時……
………シュンッ…
「かっ………?…」
翼竜騎士の腹部に深々と朱色の槍が刺さっていた。
槍の手元を見ると『奴』が凶悪な笑みを浮かべている。
『奴』の背後では首を失い、血を吹き出した仲間が、主の死に未だ気付いていないのだろう加速する飼い竜に連れられ、上昇するのが見えた。
己が相手した『奴』は、とんでもなく空の戦いに馴れていたようだ。
「お……の…れ……」
薄れゆく意識の中で精一杯、『奴』へ呪詛を放った。
「馬鹿なっ……翼竜騎士が六人だぞ?…奴は何だ?……」
次々と落とされていく部下を見て、初めは怒りを覚えていたフィリムも、今は畏怖にも似た驚愕へと変わっていた。
当初と同じく、下降を始めた黒竜を見る。
違うのは部下が半数以下に減った事だ。
忌々しいあの男を睨もうと地へ降り立った成竜の背へと視線を回す。
「っ!……いない?どこに…………きゃっ!」
ぐんっ、と頭部に負荷が掛かり、翼竜の背から地へと落とされた。
顔面に土の冷たい感触が広がる。
負荷の原因を見ると、そこには捜している男がいた。
「ど、う……やって…」
自分の視界に入らず接近をするなど不可能だ。
その時、目に男が持つ魔導杖が写った。
「お前……魔導師、だったのか…」
「イッヒッヒッ……御名答。『飛翔』と『不可視』。タネを明かせば大した事じゃねぇ…」
恐らく自分にしか聞こえていないだろう、小さな声で魔導師は話す。
はっ、と我に返り、フィリムは声を荒げた。
「何をしているっ!この男を……」
その時、ふと違和感を感じ視界を動かす。
「っ………死んで…る?……」
部下達は自身の翼竜の背で事切れていた。
うつ伏せていて、死因は分からなかったが、恐らく出血死だ。
意識すると鉄臭い血の匂いが嗅覚を刺激した。
「ちっ………殺せ。捕虜になる気は……ないっ!」