元隷属の大魔導師 37
「けっ……本当の事を言っただけだ。それにしても……痛ぇな、マジで…」
赤くなった左手をさすり、デルマーノは言った。
「でも……実際、滅びゆくこの国に今、私達は居るのよ?なのに何も出来ないなんて……」
「ほう……アリアは何もしねぇのかよ……」
「………えっ?」
「イッヒッヒッ……決まり事ってのには常に穴があんだよ」
アリアの肩を抱きよせ、囁く。
「んっ……………ぇっ…それって!」
「……どうよ?イッヒャッヒャッ…」
「どうって……まぁ、私達が戦うにはそれしかないけど……」
大笑いしながら歩いていくデルマーノをアリアは期待半分、疑惑半分の瞳で後を追った。
次の角を曲がればシュナイツ王国の近衛騎士達が待機を命じられている部屋の通りに着く。
先を歩いていたデルマーノが角を曲がった所で急に立ち止まった。
「?……どうしたの?」
追い付いて尋ねると共に彼の見ている方へ目を向ける。
するとそこには……
「………隊長」
「っ……アリアさん…デルマーノ、隊長も……」
扉の前で立ち止まっているエーデルがいた。常におっとりとしている彼女にしては珍しく、顔に疲れがでている。
「大丈夫ですか?お疲れの様ですが……」
「えっ……ええ…ゼノビス皇と謁見していたのですが、少し……緊張…してしまって……」
嘘だ、とアリアは思った。近衛騎士隊の隊長という立場上、諸国の要人が集まる場に立ち会う事も多いはずだ。相手がゼノビス皇といえども今更、緊張もないだろう。
「ゼノビス皇ではなく……恐らく、ヒルツ第三皇子ですね。相当な剣幕だったのしょう?」
「っ………よく、分かりましたね…」
「いえ……只、第一皇子、第二皇子が今回の戦役で亡くなった今、ヒルツ第三皇子が一番、辛い立場ですから…」
いつ、そんな情報を得たのだろう。
デルマーノの推理を聞き、アリアは驚きを隠せなかった。
「人でなし……とまで仰られていました。確かにこの国に何も出来ない私達に弁解の余地はないですけどもね……」
そうエーデルは言うと、すうっ、と深呼吸をし、扉の取っ手に掛けていた手に力を入れる。
「皆さん。ゼノビス皇から逗留の許可を頂きました。部屋は二人一組です。侍女長の指示に従って下さいね」
おっとりとした普段通りの口調が逆に痛々しかった。
そんな彼女を見るに見かねたアリアは小声でデルマーノに話しかける。
「デルマーノ……貴方の奸計、乗ってあげる。私に出来る事があったら何でも言って、ね?」
「……ああ、そうするよ」
ヒラヒラとデルマーノは手を振って答えた。
翌日、日も昇り始めた頃よりクレディア軍は攻撃を開始した。
現在、皇都ターセルの東門が激戦区となっている。
確認しただけでも八つの攻城兵器と二千の兵が登庸されていた。