元隷属の大魔導師 304
アルザックが、胸を張るようにヘルシオを真っ直ぐと見つめ、そして、はっきりと断言した。
「もう、同盟は……カルタラ同盟は限界にきているっ!各国の国力の差が目に見えて開いているではないか!その上、奴隷解放令による結束の緩み。このままでは、我がウェンディは……」
「滅びると?外力の盾になるか、内力によってじわじわと瓦解するかして?」
ウェンディには広大な国土こそあれ、それは肥沃とは言い難く、また、交易の武器になるほどの特産もないことをヘルシオは知っていた。
さらに軍事国家であるクレディアと隣し、シュナイツを始めとするカルタラ同盟軍の主力国家とは距離がありすぎる。
だからこそ、奴隷制度が必要だったのだろうし、今回の造反劇になったのだろう。
(だからこそ……なんだという)
ターセル皇国は独自の交易同盟を結んでいたからこそ、カルタラ同盟へ名を連ねることはなかった。
貿易関係という希薄な関係に固執した祖国はそうして征服された。
そして、父は処刑され、妹らは――女王個人という次元とは別にして――政治のカードの一枚となってしまった。
ヘルシオ=ヒルツにとって、そこに自業自得という言葉や、だからこそなどという考察は存在しない。
それは第三者からみた、歴史家の戯れ言のようなものであり、当事者は悔しいし、悲しい。
ただ、それだけだ。
それ以上は、やはり、どんな理屈を並べたてたとしても、傲慢でしかない。
「その通りだっ……わかっているならば――」
「ふざけるなっ!」
「なっ……」
アルザックが沈黙した。
なるほど、己の激昂した顔もその程度の迫力は持ち合わせているのだろう。
「へ、ヘルシオ君?」という、フローラの戸惑いの声を耳の端にヘルシオは――ヒルツは続けた。
「国が滅ぶっ?それがなんだ!それは無念だろう!そんなこと、誰だってわかっているッ!」
「な、んだと……?」
「是非もないっ!」
そこでヘルシオは怒鳴るように三連炎球の呪文を唱えた。
あまりにも乱暴な開戦の狼煙。
一同が唖然とする中、流石と称えるべきか、エドゥアールだけが反応し、前屈の姿勢でアルザックへと駆け出していた。
その様はまさに鷹の如く、速く雄々しい。
よくも彼を退けられたものだと、己の成長を実感したヘルシオは炎球が水触手に弾かれるのを目の端に続けて呪文も叫ぶ。
「加護の神炎よ!」
「っあ!」
魔術の完成、と同時にエドがアルザックへと斬りかかっていた。
当然、凄腕といえど剣士が魔導師に勝つことはできない。
それは先日、ヘルシオが実証した通りだ。
しかし、
「ぅっ?」
アルザックの口から悲痛が漏れてきた。
みれば、煌びやかな蒼い魔導着の左袖が煙を上げ、黒く焦げついていた。
「ぬぅ、くっ……」
よろめきながらもアルザックは二閃目を放とうとしていたエドゥアールを海流の触手で牽制すると、その自身の生み出した水球へと左腕を肩まで突っ込んだ。
ジュッ!と一瞬だけ水球の表面が蒸発したが、さすが水量に発火は治まった。
「おのれぇ」
アルザックはエドゥアールからヘルシオへ、鋭い視線を巡らせた。
エドの双剣の刀身は未だに轟々と金色の炎を上げている。