元隷属の大魔導師 286
「反撃よっ!」
「姫様っ?」
アリアたちは異口同音に叫んだ。
だが、三人とも――少なくともアリアはこの主君がなにを言うか、想像ついてはいた。
だから、制止のために声を張り上げたが、実を言えばそこまで驚いてはいなかったのだ。
どうやら、アリアの予感は的中していたらしく、エーデルもギルデスタンも苦虫を口一杯に含んだような顔をしてはいたが、突飛な発現を受けて慌てふためいている、という雰囲気は皆無だった。
「姫。エリーゼ殿下……」
ギルデスタンが呻きがちに主君へ困り顔を向けた。
一方のエリーゼは唇をムッと尖らせる。
「なによぉ、副長。その顔?老けて見えるわよ?」
「それは、この任に就いて以降、周囲から延々と言われている台詞です」
「……?」
ギルデスタンの皮肉は、どいうやらエリーゼには通じなかったようだ。
小首をかしげる少女姫を、その護衛副長は言葉どおりのシワだらけの顔に諦念を漂わせると改めて続けた。
「いいですか、姫?たとえ、合流できたとしても歴然の数的不利は覆るわけではないのです」
「解ってるわよ、それくらい」
「ならば――」
「けれど、カルタラの盟主たるシュナイツ――そして、この私へとこのような愚劣極まる無礼を働いた責任くらいは取らせなきゃならないわ。これは絶対、ね?だから、ウェンディ軍を蹴散らそうなんて、それは考えちゃいないわよ。希望ではあるけれどね」
「……と、仰られますと?」
「そうね……。この国の王族の首級くらいは欲しいわ」
「…………」
何度目だろう、室内に沈黙が漂った。
けれど、アリアの絶句はエーデルやギルデスタンの閉口とは要因がちがった。
(だって、上手くいくと――いや、下手をすると、できちゃうかもしれないのだ。姫様の、無茶苦茶な提案が……)
「……アリア?」
「っ!ひ、姫様?」
「どうしたのよ、天井を睨んで?」
「なっ――なんでもありません!とにかく!まず、皆と合流しましょう!後のことは、その時に……」
「え?ちょ、アリアっ?」
アリアは曖昧な微笑を浮かべながら、エリーゼを室外へと導いた。
もちろん、戦渦だと忘れているわけではない。ギルデスタンがまず気配を殺して外へ、敵対関係の兵がいないことを確認した上でアリアとエーデルが前後を守りつつ――であった。
アリアは警戒を怠ることなく、けれども、脳裏に赤毛の元皇子、現同僚の人当たりのいい笑顔を浮かべた。
(本当に、できちゃわないわよね?――い、いや、作戦自体は成功して欲しいんだけど、姫の思い通りに事が運ぶと、どうにも不安になっちゃうのよね…………)
「っくしゅん」
背の高い、透けるように細い肩までの金髪が美しい女騎士が、その中性的な美貌を歪めてくしゃみをした。
「っと!…………へ、平気だった?」
「ええ……。まぁ、とりあえずは、というところですが……」
気をつけてくださいね、と慌てた様子で身をすくめた女騎士へと、そのすぐ前を行く青年が肩をすくめて言った。
紅蓮を思わせる赤髪に柔和な微笑みが映える好青年――シュナイツ近衛局近衛魔導隊所属副隊長ヘルシオである。
男っぽい細面を歪め、女騎士――フローラは唇を尖らせた。
「気を付けてますよぉ〜、っだ。これでもさ。ヘルシオやデルマーノ君と一緒にしないでよ」
「ははっ。私も、デルマーノさんと一緒にしていただけるほどではありませんよ」
と、いいながらも、それこそデルマーノを彷彿とさせる抜き足で気配なくヘルシオは進んでいく。
その後をフローラを含めた四人が、やはり気配を絶つよう細心の注意を払いながら進んでいた。
「ふん……。仲がいいのは構わないことだがな、本当にこの道で正しいのか?」
後続者の中の一人――爬虫類を思わせる痩けた面長の青年が囁くようにヘルシオへと訪ねた。
デルマーノの義兄弟にして、ウェンディ元奴隷達のリーダーが一人、エドゥアールである。
先日の交戦時、質問相手の亡国の皇子に焼き殺された事が少なからず念頭にあるのだろう、内容よりもおおよそ邪険な口振りであった。
そんな相手の心情を察せられたヘルシオは、だからこそ、何ともないように返した。
「さぁ?」
「っ!」