元隷属の大魔導師 284
もちろん、口に出せる訳がないが。
「えっ……と……隊長?姫様は……?」
螺旋階段の先は、やはり廊下だった。
けれど、これまでの様式と異なり、狭く、天井も必要以上には高くない。
そして、廊下自体が僅かにしなりを持たせて作られているため、どうにも平行方向の距離が掴みにくかった。
――なるほど。
アリアは得心した。
想像通り、襲撃者を迎え撃つために設えられた箇所らしい。
そんな、天井近くの明かり取りからしか光源のない、仄暗い廊下を目を細めて眺めつつ、アリアはエーデルに訊ねた。
視界には、エーデルの毅然とした顔しかい捉えられなかったのだ。
「――私と、副長とがお守りしているのですよ。無事です。そこの先の部屋に、いまはいらっしゃられます」
アリアは、胸の中で密かに安堵した。
そこはかとなく無事を察せていても、安否を断言されるまではやはり不安だっのである。
そんなふうに脱力したアリアへ、剣を納めたことで言葉に厳つさの消えたエーデルが「それより」と聞き返してきた。
「アリアさん達こそどうしたのですか、こんな場所へ?現状を報告していただけますか?」
もちろん、やぶさかではなかったアリアは一度、大きく頷くと待機室でのジルの来訪を――デルマーノの義兄弟のことは、その存在だけを手短に――伝えた。
「クレディア軍が……」
圧倒された顔で隣を行く上司の顔を横目で一瞥したアリア。
どうやら、今回の一件はウェンディ一国の独断暴走だと思っていたようだ。
「デルマーノ隊長には感謝しなければなりませんね。一つの意味だけではなく――と。エーデルです……」
国城には似つかわしくない狭い廊下の突き当たりである。
それでも豪奢な作りの戸を軽く押し開けたエーデルが室内へそう呼びかけた。
そして、扉をゆっくりと押し開ける。
「アリアっ!」
エーデルに続いて入室したアリアの耳に、未だ幼さの残る澄んだ高い少女の声が届いた。
シュナイツ王国は第一王位継承権所有者――エリーゼ・フォウ・イントーラ・ド・シュナイツである。
おそらくは非戦闘員の避難場所を想定して作られたのだろう、窓がなく、扉も見た目以上に厚く頑丈な殺風景な部屋だった。
間をおかず、続いて大きな雑音が響く。
見れば、そんな焦げ茶色一色の室内で唯一、言葉通り異色な卓一式に腰を掛けたエリーゼが椅子を蹴倒さんばかりの勢いよく立ち上がっていたのだ。
その際に鹿の彫り物のされた肘掛けが妙に瀟洒な椅子の脚が床を引っ掻いてしまったのである。
だが、しかし、当の本人はそんなことなどには気を向けず、早歩き――というよりも小走りで近寄ってきた。
そして、
「っ!」
抱きつかれた。
女王の代理としてきたため、スカートではなく、威風漂う男装礼服だったからよかったものの、いつものドレスだったらフレアの添え木でエーデルをも巻き込み三人でもつれ倒れていたところた。
そんな、少々明後日の安堵を覚えつつ、アリアはそっと主君を抱きとめた。
「…………よかった……」
こちらの胸に顔をうずめ、しばらくの沈黙の後、ようやくとそんな一言をエリーゼは発した。
「なにがあったの、アリア……?」