元隷属の大魔導師 275
あっけらかんと言ってくる親友に、アリアは思わず額に手をやった。
その反応を受け、フローラは頬を膨らませる。
「あらま。失礼しちゃうわ」
「まあまあ。ですがね、フローラ。アリアさんの言いたいこともわかるんです。――この国が、ってことですよね?」
仲介に入りつつ、台詞の後半部、声を潜めたヘルシオへとアリアは頷いた。
「そう。この国、この待遇、この状況――全部、釈然としないのよ。どれかが、じゃなくて、全部、ね」
「なるほど。デルマーノさんの件も、同じ枠と?」
「かもしれない」
「……あの、さ――どゆこと?」
たまに嫌になるくらいキレるというか、鋭かったりするのに、普段はどこか鈍いフローラ。
アリアとヘルシオは顔を見合わせ、同時に吹きだした。
真剣になるのと、せっぱ詰まるのは別なのである。
「な、なによぉ……」
「いえいえ。まあ、現在の状況がおかしいということです。まるで捕虜のように監視され、一般の使用人はおらず、そして、王女の護衛は近衛隊長と副隊長だけ……」
「その上、デルマーノはいないし、これは偶然だろうけど、シャーロットとジルもいない」
「戦力が分散されている?姫様を守れないように?」
「…………」
アリアは頷いた。
「ま、まさか……」
苦笑いするフローラ。
当然だ。ここはカルタラ同盟圏内の国の王城であり、自分たちはその国賓と護衛であるのだから。
けれど――
アリアが不安に胸を疼かせていると、
「な、なんだ!貴様は!」
剣呑な叫びが室内に響いた。
アリアたちは同時に声のした方へと目をやる。
声主はどうやら扉の向こうで立ち番しているふたりの衛兵のどちらかのモノのようだ。
つまり、扉を隔てても声が聞こえてくるような部屋なのだ、ここは。
とまれ――とアリアは耳を澄ませる。
「…………」
「だから、そんなものは呼んでおらん!おるはずがない!」
「…………」
「何度言えばわかる!給仕などは必要ない!」
相手の声までは聞こえてこなかったが、大体の状況は把握できた。
問答の相手は気を利かせたメイドかなにかなのだろう。
しかし、給仕などは必要ない、とくるか。
可愛そうに、顔も知らぬ仕事熱心なメイドは強面の衛兵にいびられていることだろう。
アリアは、なんだか気が滅入った。
正道が歪められるのは堪らない性分なのである。
――しかし、その憐憫は杞憂に終わった。
「む?なんだ、その目はっ?そもそも、そのワゴンはなんだっ?見せてみろ!――入りたいならばな!」
「……ったく!うっさいわね!あ〜あ!もお〜っ、やめ!やめだわ、こんなバカらしい!」
「なっ?」
「見たい?この中?オッケェ!ほら、見なさいよ!――存分に、最期の視界を目に焼きつけやがれ!」
伝法調の、だが高く若い女の声。
穏やかじゃないその台詞に室内の注意はいまや、完全に廊下へと奪われていた。
直後――
「ぐあっ!」
「っ?」
悲鳴が響いた。
いや、悲鳴ではない。――断末魔だ。
二重の男性の叫び声に続き、ある程度の質量を持ったモノが二つ、崩れ倒れる重たい音を耳が拾った。
「な……なんだ?」
誰かが口にした呟やきが空虚に室内を走る。
答えられる者などは、当然、いなかった。
ただただ、漠々とした静寂。
カチャリ……
その沈黙を破るようにドアノブが軋み、ゆっくりと開けられた。
「はぁい。お揃い――なのかしら?」
「マ、マリエルっ?エドも……」
「詳しい話しをしている時間がない。己の話しを先に聞いてくれ。質問はするな」