元隷属の大魔導師 260
「そんな!無体な……」
一転、しゅん、とうなだれるジル。
デルマーノが息を呑み、なにか続けようとしたが、それよりも早く、マリエルがぼそりと呟いた。
「……デルマーノ。あんた、ただれすぎ。聖職者の耳になんてもんをぶっこんでくんのよ、ったく」
「この女が被虐趣味なのは俺の責任なのかっ?」
デルマーノが、イライラと叫んだ。
そこへシャーロットがマリエルの加勢に走った。
「ええとさ……言っとくけど、ジルがドMになったのは、完璧に、完全に、一縷の反論材料もなく――お兄ちゃんの責任だよ?」
「うぐ……」
うめく、デルマーノ。
マリエルは、そんな兄貴分へ冷たい視線を送った。
「女ひとりを堕落させたばかりか、あろうことか、責任転嫁って、デルマーノ……あんた、サイテー」
「うるせぇっ!誰が、責任を放棄したかよっ!」
「えっ!で、では、デルマーノ様は責任をお取りになってくださるの――」
「なんで、面倒ごとが急転直下で悪くなってくんだっ!」
ジルの、尻尾を振らんばかりの歓喜の声に、とうとう、デルマーノは頭を抱えて、叫んだ。
そんなデルマーノを哀れに思いつつ、アリアはエドへ名乗るヘルシオらを見つめた。
「もう一杯っ!もう一杯っ!」
少年たちが、声を揃えてはやし立てる。
その中央ではデルマーノと、彼と向かい合って座る大柄地黒の少年が、同時に杯を空けた。
素面を通すデルマーノに対し、少年は耳の先まで紅潮させている。
そして「おーっ、おーっ……」という喚き声と共に、さらにもう一杯を空にし――少年は仰向けに倒れた。
「きゅぅ〜……」
少年が目を回している。
そんな少年を担ぎ上げ、デルマーノは、部屋の隅へと放り捨てた。
すでにそこには、四人の少年らが伸びている。
「イッヒャッヒャッ!次こいや、次っ!」
杯を掲げて、周囲の少年らを挑発する。
そんなデルマーノが座り直すと、すかさず、傍らに座ったジルが酒瓶を傾け、彼の杯を紅褐色の液体で満たした。
「――貴女は飲まないのかしら?」
新たな挑戦者――被害者を得て、盛り上がりを見せるデルマーノたちの一団を眺めていたアリアへ、突如、声がかけられた。
顔を声のほうへと向けると、そこには聖服の娘が、そのヴェールから漏れる桃色の髪を、さらり、と揺らして首を傾げている。
「マリエル、さん?」
「マリエルでいいわよ。私も、貴女をアリアって呼ぶからさ」
そう言い、上の歯を見せて笑ったマリエルは、アリアの横に腰を下ろした。
屋根があり、壁こそあるものの家具などは、ほとんどといってない部屋だ。
さらに、二十余名の人間――『人間』ではない者も一部、いたが――が入るために、その家具も、いまは夜露に晒している。
そんな冷たい隙間風が忍ぶ、貴族のアリアには酒盛り場として考えつかないような場所であったが、この場でソレを不満に思っているものはいなかった。
あれから――デルマーノの登場を機に、万事が丸く収まってから、そのまま彼らは酒盛りを開始したのだった。