元隷属の大魔導師 252
「よし、きたっ!かかってきなよ?ギッタンギッタンにして、ボッロボロにしてやるから!」
確実に彼らを圧倒でき、かつ手加減をする気などは麦粒ほどもない大陸最高レベルの魔導師――シャーロットがいるからだ。
幼然とした彼女は右中指に嵌めた赤石の指輪へと一言、呪文を告げた。すると、その目前に闇がぽっかりと口を空け、中から彼女の身の丈を遥かに超える両刃の戦斧――バトルアックスが吐き出され、上下を逆さにして大地へと突き刺さった。
重さ、大きさ共にマルスランの戦鎚といい勝負だ。
その黒曜石に装飾された柄を握ると、
「んんっ」
可愛らしい踏ん張る声とは対照的に右手一本でその超重武器を持ち上げ、柄を大地と平行に構えた。
「んなっ――バカな……」
エドの呆けたような声が聞こえた。周囲を取り囲む少年たちも口々に畏怖の溜め息を漏らす。
いや、アリアだってシャーロットが怪力持ちだとは知っていたが、実際にその異常を目の当たりにしたのは初めてのことだ、態度にこそ出さないが、内心、仰天している。
見るとフローラも目を見開き驚愕の表情だ。
大した感想を抱いていないのは――なるほど、使い魔のジルと同居しているヘルシオだけか。
両者とも、諦念をにじませた表情でジルは長剣を両手で、ヘルシオは短杖と短剣を左右の手で握り構えている。
「いちおー、言っとくけど……私、アリアよりもさらに強いし、優しくもないから」
シャーロットがエドを睨んで、言った。
その言葉に間違いはない――アリアは心の中で頷く。
しかし、相手が信じてくれるかは別なのだ。
案の定、エドも、そして、その配下の少年たちも目前の少女のセリフには心を揺さぶらなかったようで、臨戦態勢を解く気配はない。
「しっかたないな、もおー。やっちゃえ、ヘルシオ」
「わ、私がかっ?」
……ここで、予想外の展開がきた。
もっとも、一番驚いたのは名指しされたヘルシオ当人だろう。
シャーロットのわがままにもいい加減、慣れてきただろうが、それでも――だ。
「なによ〜。だって、暴れたらさ、絶対にお兄ちゃんにあとでブーブー言われんだよっ!私が可愛そうじゃんかっ」
「……叱られるのは私も一緒なのだが?」
「えっ?けど、私は怒られないじゃん」
「………………」
最終的に絶句してしまったヘルシオの姿は哀れだった。
たしか、彼は近衛魔導師隊の副隊長、一方、シャーロットは平の隊員のはずだ。
…………。まぁ、それだけなのだが。
とまれ、アリアはヘルシオとシャーロットとを見比べた。
「ええと……シャーロット?根本的なアレなんだけど、この人数差だし、ヘルシオひとりじゃどうにもならないと思うんだけど?」
おずおず、といった様子でフローラが幼女然の吸血鬼へ訊ねた。
いい問いである。アリアもちょうど、同じことを考えていたのだ。
だが――
「えっ?なにが?」
「なにがって……だって――」
「……?」
「……?」
互いに疑問符を浮かべ合うふたり。
フローラが、改めて聞き返した。