元隷属の大魔導師 239
アリアが目尻を釣り上げ、シャーロットの柔らかな頬を左右に引っ張ってきた。
「やいふぇてるぅ〜」
「妬いてない!妬いてないわよっ!」
「やぁ〜……もう、ちあうんひゃよ〜」
アリアはマジマジとシャーロットの顔を覗き込むとようやく、頬を解放した。
シャーロットは赤くなったその両脇をやわやわとさすると、今度は膨らませて内の不満を訴える。
「痛いなー、もうっ……アリア、嫉妬深い!」
「嫉妬深くないっ」
「いや、もういいからさ。それでね、お兄ちゃんが優しいの」
「……。だから?」
「おっ、堪えた」
アリアが頬をヒクつかせながらも、なんとか会話を続けようとする健気な姿にシャーロットは称賛の声を上げた。
しかし、その言葉を受け、憮然と再度、頬へと手を伸ばしてくるアリアを目にシャーロットはあわてて続けた。
「そ、それでね!お兄ちゃんが優しいんだ、ガラにもなく……」
「ガラにも?」
「うん。いつもは頑なに血なんて吸わしてくれないのに、今日なんか二つ返事で吸わしてくれたんだよ」
「それは……デルマーノにも心境の変化でも……」
「アリアは……ほんとに、そう思うの?」
シャーロットの無垢な眼差しに射抜かれたアリアは押し黙った。
確かに、優しいデルマーノっていうのも――二人きりの時なら、アレだけど――珍しい。心境の変化、なんて言葉ではそうそう、納得は出来なかった。
「……。そうね。ただ事じゃあ、ないわ」
「でしょ?」
「でも――それはきっと、彼が、その……故郷に向かうから、じゃないかしら?」
「故郷にって……お兄ちゃんがノスタルジー?」
「かも、ね……」
アリアはそっと目前の吸血少女の艶やかな青髪を梳いてやる。
くすぐったそうにシャーロットは目を細めた。
日溜まりの子猫を思わせるその姿にアリアは微笑むと視線をこの隊列の先頭、黒邪竜へと目を向ける。
デルマーノの様子が、おかしい――それはアリアだって気が付いていた。
それは望郷なんて生易しい感情ではない、もっと鬱々とした何かに由来していることは確かである。
――ソフィーナ・ヘニングス。
『紫水晶』の愛娘にして、デルマーノが心を寄せていた、奴隷のために生涯を尽くした修道女。
彼女とデルマーノと、そしてウェンディ王国。
十五年前、この間には一体、なにがあったというのだろう?
「…………」
優しい――か。
無意識か……、いや、きっと無意識だろう。自分はその形容をよくソフィーナにされていた。
デルマーノはシャーロットがアリアの元へと飛んでいったのを確認すると街道の先へと視線を戻した。
二ヶ月前、脱皮の末に数倍にも身体を大きくさせた自身の邪竜アルゴは順調に隊列の先頭を務めている。
この一週間、何度か自分は襲撃を予期し、事前に疑わしい奴らをとっ捕まえてみたが、蓋を開ければ猟師や樵などの平民だった。
何を焦っているんだ、自分は?
「ちっ……」