元隷属の大魔導師 238
邪竜の背から地表までの数秒など、自分にとっては長すぎるくらいだ。
右手の中指に填めたルビーの指輪が魔法の媒体として光り輝く。
杖ではなく、指輪にしたのはデルマーノを真似したのであった。
背中に羽が生えたかのように重力を無視した軌道でエリーゼ王女――何度か会ったことがあるが、ちっちゃいくせにウルサい……。あれ?どっかで聞いたことあるぞ?――の護衛の行列を少し上から辿っていく。
先頭は普通の騎士団。
真ん中に近衛隊に挟まれる形で王女を乗せた馬車。
その後ろにまた、騎士団って形だ。
そんな百五十人に届くかどうかという隊列の最先頭をデルマーノの駆る黒竜、アルゴが務めていた。
羽を広げれば騎馬が横に十頭は並んだ大きさの成竜だ、威圧感は半端ない。
まあ、それはさておき、そんな訳でシャーロットは騎士隊の頭をかすめ飛び、近衛騎士団の隊列までやってきた。
見るとエリーゼとその侍女が乗る馬車の前方にヘルシオが、後方にアリアが付いている。
両脇には隊長のエーデルと副隊長のギルデスタンが並んでいた。
シャーロットから見れば、ギルデスタンは四十過ぎのおっさんであったが、やり手なのも把握している。
そんな銅貨色の口ひげを生やした老練の騎士は、いつも自分を子供扱いしてくるが、実は同い年なのだと言及したいっ!
……なんだかんだでお菓子なり何なりは貰ってしまうため、毎度、忘れてしまうが。
シャーロットはチラリとそんなことを考えながら、馬車のすぐ後方、アリアの乗る騎馬へと飛び乗った。
「アリア〜!聞いてよぉっ!」
シャーロットの小柄な体躯を見事、受け止めたアリアが少女然とした泣き顔の吸血鬼を訝しむように見つめてきた。
しかし、直後、頬をヒクつらせる。
だが、構わずシャーロットは喚き立てた。
「アリアぁ……お兄ちゃんが、なんだかおかしいよぉ……」
「シャ、シャーロット?その前に一つ良いかしら?」
「ん?」
「その口元――っていうか、口の周りの赤いのは、なに?」
アリアだって、すでに何か十中八九、分かっているだろうに、それでも聞いてきた。
だから、シャーロットはなんともないように答える。
「えっ?血だよ。お兄ちゃんの」
「シャーロットッ!?あんまり、そういうことは言ってはダメよ!」
「えぇ〜、なんで?だって、私、吸血鬼なんだよ?普通じゃん」
シャーロットは小さなその頭を傾げる。
この前、アリアやエーデルに『一般常識』という人間社会で生きていくには必要不可欠なのだという、七面倒くさいモノを教わったが、その時には言われなかったのに……。
アリアが一度、嘆息すると、ベルトに挟んだ緑色のチーフを抜き取り、口元にべっとりと着いてるのだろうデルマーノの血を拭いてくれた。
丹念に吹き終えると改めて、訊ねてくる。
「――それで?デルマーノがどうしたの?」
「んとね、なんかお兄ちゃんが優しいんだよ」
「……。良かったじゃない」
「ああっ!アリア、妬いてる?」
「妬いてなんかっ」