元隷属の大魔導師 209
沈黙を貫こうとしたメルシーは目をむき、思わず反応してしまう。
デルマーノの台詞はちょうど、心の中で呟いた言葉そのままだったからだ。
デルマーノは汚物を見るように眉を潜めて、続ける。
「いつか、だろ?いますぐ、じゃなくてな。てめぇの命と天秤にかけれるたぁ、大層なプライドだなァ?」
「そ……それ以上、言葉を続けてみろ?絶対に許さないからな」
メルシーは声を震わして警告した。
見ると可哀想に、主君ミルダ第二王女は腕の中で顔面を蒼白にしている。
これほどの恥辱は生まれて初めてなのだろう。
だが、そんなメルシーの威嚇もデルマーノは一笑に下した。
「ヒヒッ!許さない、ねぇ……んじゃ、かかってこいよ。安心しろ。この辺りは遠浅な海だ、漁船や商船の航路になっている。上手くすれば拾ってくれるかもしれねぇぞ?」
「お、落とすことは決定事項なのですかっ?デルマーノ隊長、ミルダ様は王女ですよっ!」
デルマーノの言葉に慌てたのはエーデルだ。
数日前にこの男の本性を垣間見たが、さらなる悪性を秘めていたのである。
王族へ牙をむくというのならば、さすがに黙っているわけにはいかなかった。
最悪、剣を抜かなければならない。
「ん、あ〜……エーデル隊長。勘違いしないでくれよ?俺はミルダ王女は嫌いだが、メルシー隊長殿は大嫌いなんだ」
「……は?」
エーデルは疑問符を浮かべ、意味が分からないといった表情を浮かべた。
デルマーノは喉の奥で小さく笑うと続ける。
「だからよ、ミルダには危害を加える気はないんだ。死ねば良いと思ってるのはメルシーの方さ」
「――ま、待てッ!私が貴殿になにかしたかっ?」
デルマーノの思いがけない台詞を耳にしたメルシーは慌てて、事情を訊ねた。
どんなに胸に手を当て、考えようが、心当たりはなかったし、そもそも、恨み辛みを覚えられるほどの仲ではないのだ。
「……ふんっ。ま、どんなに考えようが、身に覚えはないと思うぜ?まともに話したのは今日が初めてだもんなァ?」
「ならっ――」
「それでも、俺はおまえが大嫌いで、そして、許せないんだよ――アイントレック伯爵の長女メルシー・アイントレック」
デルマーノはそこまで言うと問答を止めた。
メルシーが察する材料はそれで充分だと判断したからである。
そして、その判断は間違いではなかった。
メルシーは言葉を選ぶようにして、おそるおそると口を開く。
「もしや、父が……貴殿に?」
「俺に?イヒッ……ヒヒヒッ!」
デルマーノはメルシーを舐めるように見つめると可笑しそうに、腹の中で転がすような笑い声を上げた。
その奇妙な笑いは数十秒は続いた。
エーデルが、頭がおかしくなったのでは、と不安になったときにようやく、デルマーノは話しを再開した。
「俺――元隷属のデルマーノにアイントレック伯が何かした、というわけじゃねぇさ。ただ、許せない。何がなんでも、許さない」
「だから、なぜっ?」