元隷属の大魔導師 199
「あの……エーデル隊長はなぜ、こんなにお怒りになって……」
「ああ……隊長ってさ、男運が悪くてね。うん、目の前でイチャつくのはマズかったなぁ」
「ふふ、ふっ、フローラさん?誰の男運がなんですって?」
「あちゃ……聞こえちゃってたよ」
「フローラさぁんっっ!」
甲板に正座させられたフローラは自棄になったのか、延々と小言を続ける己の隊長の悪評を隣に同じく正座する恋人へと漏らす。
エーデルの絶叫がワータナー諸島王国を無事、出航した『海原を翔るイルカ』号の甲板に響き渡った。
「……飽きた」
ワータナー諸島を出て、三日。
遠くに幾つか島影が見えるだけの青い海原をその船名のとおり、シュナイツ王国最大の客船は駆けていた。
そんな『海原を翔るイルカ』号の後方部、遙か遠くにワータナー諸島が望める木製の甲板に真血種の吸血鬼、シャーロットは寝転がり、そう漏らした。
「飽〜きた、飽きた♪飽きた、飽きたっ♪」
「うるせぇ、歌うな。海に落とすぞ、クソガキ」
しばらく、「飽きた」と連呼していた青い髪の少女が妙に軽快なリズムに乗せ始めると五歩ほど離れた位置でハンモックに揺られるデルマーノが乱暴に制した。
すでにデルマーノは女装を止めていた。
昨晩、ようやくアリアから服装の自由を勝ち取ったのである。
キュゥ、キュゥ、とハンモックは風に揺らされて、その錆びた留め具を鳴らしていた。
そんな網台の上でデルマーノはカスタモーセから貰い受けた本を読みふけっており、シャーロットの歌声は耳障りでならない。
「うぅ〜……だって、だってぇっ!お兄ちゃんが遊んでくれないんだもんっ!ジルは厨房に行っちゃうしさぁ」
「同じ吸血鬼でも、おまえと違って働き者なんだよ。なんなら、おまえも働いたらどうだ?」
「……どんな?」
職種を問うシャーロットに黒髪の主は即答した。
「帆の上げ下ろしや錨の引き上げなんか、どうだ?重宝がられるぞ?」
「ほ?いかりっ?女の子の仕事じゃないよ!」
「はっ……大の男が束になってもかなわねぇ、怪力持ちのくせによ。帆船じゃなくてガレー船だったら櫂漕ぎに打ってつけだったろうに……」
「お兄ちゃんっ?女として見ろとは言わないけど、最低、女の子としては見てよぉっ!」
シャーロットはガバッと起き上がり、甲板を蹴り、飛び上がるとデルマーノにタックルをキメた。
「そりゃっ!」
「ぅおっ?」
一度、深く沈み、その反動で跳ね上がったデルマーノとシャーロットはそのまま、甲板へと落ちた。
デルマーノはその幼女の吸血鬼を胸に抱き、背中から落ちたため、腹部に多大なる衝撃を受け、呻く。
「んの、ガキィ……って、おいコラ、ヒヒッ――てめぇ……くすぐんなっ、どけっ!イヒッ……」
非難混じりの視線を送るデルマーノは突然、笑い声を上げる。
シャーロットが脇やら首筋やらに手を這わし、くすぐっているのだ。
しばらく、幼さ面の真血種はその主にじゃれ続けた。
「――あら?楽しそうねっ」
「んぁ?」