元隷属の大魔導師 189
「イッヒッヒッ……」
唇を尖らせ、抗議するシャーロットへデルマーノは喉奥で転がすように笑った。
不意に思い出してしまったのだ。
幼少期、血の繋がらない兄弟たちと掃き溜めのような奴隷街で暮らしていた頃を。
デルマーノは、ぽんぽん、とシャーロットの頭をなだめるように軽く叩いた。
幼げな真血種がふにゃ、と顔を歪ませたことを確認すると口を開く。
「ああ、言っておくが……空気だけは読んでくれよ?多分、俺が言えば警戒は解くと思うんだがな……一人以外」
「ひとり、いがい?」
シャーロットは首を傾げ、聞き返す。
しかし、ジルにはその『一人』が誰だかは分かっていた。
「あの……赤毛の騎士、ですね?」
「ああ。アリアは少し、嫉妬深いんだ」
「ええ〜、面倒くさいじゃん。なんで付き合っているの?」
シャーロットはそのアリアという女騎士がデルマーノの良い人だと察しているのだろう、不満げにいった。
そんな見た目幼女な吸血鬼の発言にデルマーノは笑って答える。
「ヒッヒッ……そういう、面倒くさいところも含めて惚れているんだ。男はな、少し手間のかかる女のほうが好きなのさ。ヒヒッ……」
その言葉を受け、シャーロットはジルと何事か視線で会話する。
そんな二人の吸血鬼の様子にデルマーノは慌てて付け足した。
「お、おまえらは今のままで良い。十二分に持て余してるからなっ」
「そうですか……」
「おい、ジル……残念がるな」
「いや〜、面倒くさい方が良いなんてお兄ちゃんはマゾっ気があるなァ」
「殺すぞ?」
「きゃぁー、ころされるぅ〜」
ニヤけ、抑揚のない声で言ったシャーロットの頭をデルマーノは容赦なく叩いた。
「ぁう」
「バカやってねぇで、行くぞ?用意しやがれ」
「は〜い」
シャーロットとジルはそれぞれ、出立のために荷物を纏めにかかった。
まぁ、どうせ二人の荷物は大した量にはならないだろう。
そんなデルマーノの予想は当たっており、間もなく三人はワータナー諸島王国の深い樹海の奥、吸血鬼シャーロット・アングリフ・グレイニルの館を後にすることになる。
「………………」
「……ウルスラさん、どうですか?」
「っ?ちょ、話しかけないで!集中が乱れちゃったじゃないっ!」
「す、すみません……」
銀髪の修道女、ウルスラに物凄い剣幕で怒鳴られ、アリアは素直に頭を下げた。
ふんっ、と鼻息を吐き出すとウルスラは再び、ペンギュラムの鎖を右手に巻きつけ、本体部分を目の高さに合わせた。
そして瞳を半分ほど閉じて、ペンギュラムを凝視する。
そんな修道女の姿にアリアはうなじの辺りがチリチリと痺れるのを感じた。
現在、アリアはジルと名乗った吸血鬼を追い、ワータナー諸島王国王都から馬を四半日ほど走らせた辺りに広がる樹海に足を踏み入れていた。
昼間でも薄暗いそこに真血種がいるというのだ。
ペンギュラムを用いたダウジングには魔力の素養が必要だそうでウルスラとヘルシオの二班に分かれた。